やがて妹も来日し、共同で店をやってみようということで「カリン」をオープンさせた。

 早朝から深夜12時まで営業するという珍しさもあってか、NHKのドキュメンタリー番組に取り上げられもした。6月に行われたフィリピンの大統領選挙では、アニーさんはフジテレビにコメントを求められたという。すっかり竹ノ塚の有名人だ。

 だが25年、日本の移り変わりを見てきたアニーさんにとっては、いまの若い世代はずいぶんとわがままに、躾けられていないように映る。早朝の客層である水商売の若者たちが、親のような年齢のフィリピン人ホステスたちに乱暴な言葉を吐くことも珍しくはない。横柄で、マナーも知らない。そんな若者たちを、アニーさんは本気で叱り飛ばす。

「私にも息子がいます。息子が年上の人に対して失礼な態度を取ったら、絶対に怒りますよ。親の恥だもん。だからお客だって誰だって、間違っていると思ったら叱ります。2000円の店に来て偉そうにするんじゃないよって(笑)」(アニーさん)

 来日した当初、口は悪いが“正しさ”を叩き込んでくれた足立区のおじさんたちの心意気を、彼女は受け継いでいるのだ。

 だから、いまの時代の「叱れない、怒れない日本人」がもどかしい。フィリピンでは他所の子でも間違ったことをすれば叱る文化がまだある。日本人も、もっと怒らないとダメだと感じている。

 それでも日本は安全で、日本人は困ったときには必ず助けてくれる、相談には真剣に耳を傾けてくれるという。

「前に店が停電になったことがあったの。飲みに来ていたお客さんが、カリンが困っているといろんな人に連絡をしてくれて情報が回っていって、私はなにもしていないのに気がついたら電気屋さんが現れて修理してくれた、なんてこともあった。日本人は一度仲良くなると、本当に親身にしてくれるね」(アニーさん)

 長男にはいま子供がいる。アニーさんの孫だ。「治安のいい、教育のしっかりしている日本で孫は育ってほしい」というが、本人は「死ぬときはフィリピンがいい。でも身体の動くうちは日本で暮らしたいね」と笑う。

 真っ昼間からフィリピーナの歌と、明るい声とが響く「カリン」。今日も彼女たちの笑顔に励まされに、日本人たちが扉を開ける。

(文・写真/室橋裕和)