そこから導きだされた結論が、まず読んで面白い物語であること。そして男の子と女の子を公平に扱うこと。そして地域や気候が偏らない作品であること。そこで浮かんだのが、体育の時間、校庭の空にくじらの形の雲が浮かぶ話だ。

 体育の時間にしたのは、子どもたちにとって気持ちのいい時間であるし、いつもは教壇にいる先生もぐっと身近になって、飛びついたり、手をつないだり、スキンシップができるのでうれしいはず、という思い。そして舞台を校庭にしたのは、中川さんが戦争中、転校を繰り返して4つの小学校に通った経験からでもあるという。

「疎開した札幌の小学校では、空を見上げて、“雲に乗って別れた先生や友達のところに会いにいきたいな”とよく想像していました。それがクジラ雲にのって空を旅するストーリーにつながったんでしょうね。それに校庭でのびのび体育ができるのは、平和の象徴です。いつ空襲がくるか分からない戦争中は、できなかったのですから」(中川さん)

 以来、40年以上も小学1年生の教科書に掲載され続け、その物語は今でも決して色あせることがない。

 それを証明するかのように、中川さんはこんな体験もしたことがあるそう。

 ある日、伊豆に向かう電車の中で、30代ぐらいの女性4人組と乗り合わせた中川さん。聞くともなしに彼女たちの話を聞いていると、仕事や家庭の悩みを口々に言いあい、空気は沈んでいる様子。すると一人が車窓を指して「あ、くじらぐも」と叫んだそう。窓から見えた雲がくじらの形に見えたのだ。すると他の3人も「小学校でやったわねぇ」と大喜びで声をあげたという。

「それはもう、うれしい光景でしたね」(中川さん)