あくまでも攻撃型の錦織にとって、「相手に打たせるテニス」という選択は逆に難易度の高いプレーになるだろうが、ジョコビッチを崩すには、ジョコビッチに無理をさせ、リスクを押し付けるという戦い方が有効なのは確か。モンテカルロの2回戦でジョコビッチから金星を挙げたイリ・ベセリもやはりセンター返しを軸にして、ジョコビッチの持ち味である守備やカウンターを出させず、逆に自分から打たせる展開にすることで、返球のコースを読んで対処し、さらに左右に振って勝った試合で見せた通りでもある。

 錦織が勝つとすれば2通り。正確なストロークをいつものように左右のライン際に散らし、ジョコビッチの守備力を上回るスピードとタイミングで圧倒して鉄壁のディフェンスを打ち破るか、あえてロングラリーを選択して相手のミスを誘いながら、要所を締めていくかだ。

 いずれも難しいミッションで、言い換えれば、「完璧なプレーが必要」という意味にもなる。「ジョコビッチ対策はない」と言われるのもそれが最大の理由でもあるのだが、今の錦織のストロークにはフェデラー並のスピードと精度があり、ナダルにはないバックハンドの攻撃力と展開力がある。課題と言われ続けているサービスも、当代一流のストローク力との比較で論じられているだけで、すでに誰が相手でもキープには問題ないレベルになっていて、もはや弱点とは言いがたい。

 今大会の序盤は前週の疲労からか、体調面で不安も見られた錦織だが、3回戦のガスケ戦のあとには「回復した」と話している。準々決勝のティーム戦では途中でトレーナーを要求する場面があったものの、動きに大きな影響は見られず、無事にストレートで勝利している。

 対するジョコビッチもまた、復調してきて闘志満々のナダルとの激闘を制した姿には、大会序盤の不安定さは微塵も感じさせなかった。

 錦織がジョコビッチに勝つためには、互角に打ち合いながら、リスクを取った場面ではポイントを確実に取っていくこと。そしてジョコビッチをベースライン後方に釘付けにし、走らせ続けた上で、ジョコビッチに何本返されようが、冷静なプレーに徹して自分からのミスを極限まで押さえ、取れるポイントはすべて奪い続けることに尽きる。ジョコビッチのミスで終わるポイントを多くできていれば、かなり有利な戦いになっているはずだ。

 繰り返し言おう。今の錦織がジョコビッチを破ったからと言って、それを不思議に思うような選手は、今やテニス界には誰もいないはずだ。

(文・浅岡 隆太)