おととし、ご主人から酒の席に誘われた。酒を共にしたのは、ご主人と店員だけではない。長靴を履いた、築地で働く人々だった。

 その席でつながった方の紹介で、昨年末、初めて築地市場の場内を訪ねた。訪ねた時間は、日が暮れようとしている夕刻。人気はなく魚もない築地だったが、ぬれた路面と強く漂う魚の残り香から、活気あふれる場内の風景が次々と想起された。私に魚を見る目を授けてくれた鮮魚店のご主人のような、百戦錬磨の魚のプロがひしめき合っている様子を想像するだけで、興奮のあまり、私は小さく「うわぁ」と声を出すばかりだった。

 2016年11月、東京都中央卸売市場築地市場は閉場する。築地市場が担ってきた機能は、新設される豊洲市場に引き継がれることとなった。 私が食べる魚を日々扱い続けてきてくれた、築地で働いてきた魚のプロを、私は自分の目で見て確かめておきたくなった。

 築地をたずねるなかで、魚に直接触れる仕事だけが目利きの仕事ではないことを知った。築地には、氷屋、軽子、帳場、茶屋、ゴミ屋と呼ばれる、いくつもの細分化された持ち場でそれぞれの仕事を全うするプロがいる。聞けばやはり、ここに働く長靴を履いたすべての人が、それぞれに、目利きだった。魚に触れずとも、ひとりひとりが築地の目利きだった。80年を超える歴史を積み重ね、世界最大級の取引を扱ってきた築地は、このすべての目利きがいるからこそ築地たり得ることを、ここに足を運ぶたびに私は感じている。

 築地の目利きたち、これから11月まで、見つめてまいります。

岩崎有一(いわさき・ゆういち)
1972年生まれ。大学在学中に、フランスから南アフリカまで陸路縦断の旅をした際、アフリカの多様さと懐の深さに感銘を受ける。卒業後、会社員を経てフリーランスに。2005年より武蔵大学社会学部メディア社会学科非常勤講師。アサヒカメラ.netにて「アフリカン・メドレー」を連載中