――そもそも鉄道事業者は、乗客の安全を保障するという立場にあることから、万が一にもこのような事故を起こさないようにするという高度の注意義務が課されているはずです。

 その通りです。ですから、トカゲの尻尾切りのように運転士ひとりに責任を負わせ、鉄道会社には問題がなかったという主張や判決に、一体どれだけの人が納得するでしょうか……。

――では、日本でも、過去に例がないために具体的かつ確実な危険予測できなくても裁かれた事件はあるでしょうか。

 昭和30年に起きた、森永ドライミルク事件がそうです。これは赤ちゃんの粉ミルクに誤ってヒ素が混入したため、それを飲んだ赤ちゃんが100名以上亡くなり、1万人以上の中毒患者を出した痛ましい事件です。

 この事件もいったんは第1審で、「過去に粗悪な類似品が混入された事実はなかった」ことから、具体的な危険は予測できなかったとして無罪になりました。しかし高裁判決で覆ります。その理由は、「食品添加物以外の使用目的で製造された工業用化合物を食品に添加する場合、良識ある社会人であれば、一抹の不安を感じるはずである、この不安感が危険の予見にほかならない」として第1審に差し戻し、最高裁もこの判断を支持します。

 そして、差し戻し後の第1審は、食品製造業者には、「その食品がまったく無害で安全であることを消費者に保証」する立場にあるので、「万が一にも、有毒物が混入する可能性がないように注意する義務を負う」として有罪としました。たとえ過去に同様の事実がなかったとしても、それは言い訳にはならないとしたのです。わが国で司法が生きた格好の例と言えるでしょう。

―――裁判所は、単なる不安感や危惧感だけで「予見できた」と判断したわけではないのですね

 そのとおりです。科学薬品については、商取引の平常のありさまとして、品質の保証されたものでない限り粗悪品混入の可能性がないとは言い切れないということ、そして、薬品販売業界、食品製造業者間においても粗悪品混入についての不安感、危惧感が存在していたということです。そこで、『良識のある通常人』を基準にすれば、その不安感や危惧感には回避措置を命ずるだけの合理性があると判断したということです。

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