オーナーの森岡督行さん
オーナーの森岡督行さん
店舗は「鈴木ビル」の1階にある
店舗は「鈴木ビル」の1階にある

 ただひとつだけの本を売る書店「森岡書店銀座店」をご存じだろうか。毎週1タイトルを選書し、書籍の販売は基本的にそれのみ。店舗内では、関連展示やイベント開催、物品の販売を行い、訪れた人にその本が表現する世界を体感させる独特なスタイルの個人書店だ。今月28日には店舗ロゴがドイツ・iFデザイン賞(コミュニケーション部門)を受賞するなど、その取り組みは今、国内ばかりか世界の注目を集める。

【森岡書店の外観・内部を写真特集で見る】

 銀座のはずれ、都の歴史的建造物に指定される築87年の「鈴木ビル」。戦後の名だたる写真家を輩出したプロダクション「日本工房」もかつて居を構えた、美しい建物の1階に森岡書店はある。オーナーの森岡督行さんは神田の老舗古書店、一誠堂書店の出身。「定年まで勤めるつもりだった」ほど一誠堂に愛着はあったが、ある物件との劇的な出会いを機に独立、06年に茅場町で「森岡書店」を立ち上げる。それを10年の節目に自らたたみ、かねてイメージしていた「1冊売り」の銀座店を始めたのが昨年5月。これまで計30冊以上を週替わりで販売し、現在に至る。

 森岡さんは「1冊売りだからこそ、その本に特化した濃密な空間が出来上がる。展示やイベントを企画する時は、本の中にお客さまを迎える感覚で進めます。そうしてできた1週間限定の店では、人同士のコミュニケーションが活発になり、つながりがますます大きくなるのを肌で感じます」と話す。現在店頭に置かれているのは、森岡さん自身がファンだという高橋良枝の『昭和ごはん』(朝日新聞出版、1月20日発売)だ。高橋さんは暮らしをテーマにするリトルマガジン「日々」の編集長で、客としての来場をきっかけに、今回の企画まで話が進んだ。店頭では著作から抜粋した写真のパネル展示や、撮影に使用した昭和を中心とする食器類の展示をしている。

 古き良き昭和の定番メニューを、年代・季節別に取り上げ、高橋さんのやわらかな筆で紹介する本書。29日には高橋さんとカメラマン・日置武晴さんのトークイベントが開催され、終了後には展示食器の販売も行われた。森岡さんはいう。「本や著者の個性が、空間にも如実に反映されるんです。『昭和ごはん』の場合は何といっても、高橋さんの人柄が会場を包み込んで印象的でした。明治23年生まれのお祖母様から受け継いだレシピを、お客さまに熱心に語られたり(笑)。彼女の朗らかさでみなさん元気をチャージしている様子です」。来場者の中には、偶然訪れて本書と著者を知り、持ち帰った本を元に料理を再現、SNSに写真をアップした人もいるそうだ。1冊の本でつながった世界が、刺激しあい無限に広がる様がありありと浮かぶ。その光景に巻き込まれてみたい気がしてくるから、この店は不思議である。

 『昭和ごはん』の会期は31日まで(13~20時、最終日は~18時)。場所は森岡書店銀座店(東京都中央区銀座1-28-15)。著者は会期終了まで変わらず来場予定だ。(寺島知春)