結婚の際に、女がリードするのは良くない”とでも言わんばかりな男尊女卑的な考え方に、違和感を覚える人も多いかもしれない。それもそのはず、もともと日本神話には、こういった“妻が夫に従う”“男を立てる”ことを勧めるような内容は入っていなかった。飛鳥・奈良時代に物語が編さんされ成立していく過程で、5~6世紀に中国から伝わって来た儒教道徳が盛り込まれていったのではないかと考えられている。

 それでは、最初の国生みの失敗は、何を象徴しているのだろうか。同書では、それは、近親婚のタブーではないかと述べる。社会が形成されていくにつれて、人々の間で、健康な子供が生まれなくなる危険性など、近親婚による弊害が知られるようになり、やがて嫌忌されるようになる。そこでインセスト・タブー、近親相姦に対する戒めとして、神話の中でヒルコの誕生が語られるようになったというわけだ。

 つまり、古代日本人は、女が先に言葉をかけた「女人先言」をタブー視したのではなく、近親婚の禁忌を伝えようとしたのだろう、と結論付けている。

 同書の監修者であり、『口語訳 古事記』(文藝春秋)、『古事記を読みなおす』(ちくま新書)などの著書を出版し、古事記研究の第一人者である三浦佑之氏によれば、『古事記』は、正当な歴史書というよりは、“物語”であり、荒唐無稽なストーリーのオンパレードであり、そこに魅力があるという。

 たとえば、悲劇のヒーロー・ヤマトタケルや、荒ぶる神・スサノヲ、太陽の女神・アマテラスをはじめ、人間味にあふれた神々の物語からは、1300年後に生きる私たち現代人と変わらない、古代人の息吹や心情がまざまざと伝わってくる。古代史ロマンの香りがあふれる『古事記』はまさに、「日本というクニの成り立ちを知るには得難い書」(同書より)と言えるだろう。