客は法被に帽子姿ですしを握る
客は法被に帽子姿ですしを握る
極意は、この微妙な手つき……
極意は、この微妙な手つき……
無事、8貫を握り終えてニッコリ
<br />
無事、8貫を握り終えてニッコリ
ネタなどは1人分がそろえて提供される
<br />
ネタなどは1人分がそろえて提供される
来店客には認定証書が授与される
来店客には認定証書が授与される

 ブリやズワイガニなど、北陸の海の幸が旬を迎えたこの季節、富山県射水市に「体験型すし店」がオープンした。すぐ近くの漁港で水揚げされた魚介類をネタに、自分で握ったすしを食べることができるという。「素人がすしを握れるのか?」「自分で握ったすしは、おいしいのか?」。半信半疑で、のれんをくぐってみた。
 
 店内に入ると、70代の地元の団体客約20人が法被に帽子姿でカウンター前に並んでいた。マグロ、イカ、イクラなどのネタや、シャリ、わさび、海苔を前に、じっとテレビ画面に見入っている。流れる映像は5段階ですしの握り方を説明したもの。英語の字幕付きである。

 カウンター内では、講師を務めるすし職人が実演している。「あれっ?」と思った。よく目にする、「握り」の動作ではない。左手にくぼみを作ってネタを載せ、わさびを塗った後、シャリ約20グラムを量って手に取り、ふんわり丸めてネタの上に置く。それから、右手を軽く鉛筆でも握るような形にして、親指と中指ですしを持ってひっくり返し、形を整える。独特の動きである。講師を務める中田道夫さんにコツを聞いた。

「握るというより、俵型にしたシャリとネタを指で支えてひっくり返す感覚です。これは、すぐできる初心者向けノウハウとして考えたもの。おにぎりを作るみたいにシャリを扱うと、まずくなってしまうので……」

 「体験型すし屋」は客に独自のノウハウを伝授している。一般的な、すしを握る動作は、左手を軽く握って右手の人さし指と中指で左手を押すようにする。しかし、素人がこの「握り」をやると力が入りすぎ、すしの味が落ちる。付け焼き刃で職人技の習得はできないため、おいしく食べることを優先して、新しい方法を編み出したというわけだ。

 店名は「新湊すし塾」という。後継者の不在により、営業を辞めた老舗すし店の店舗を活用して11月22日にオープンした。射水市新湊地区の経済人が共同で会社「新湊すしアカデミー」を設立し、経営にあたっている。新湊すし塾の代表で、漁業に携わり、水産加工会社の社長でもある鷲北昭雄さんに意気込みを聞いた。

「すしや漁業など海の幸に関わる業界全体が盛り上がるためには、北陸に注目が集まっているこの時期に話題作りが必要です。旅行会社とタイアップして外国人や県外からの観光客を中心に誘客していますし、地元のお客さんにも喜んでもらっています」

 ユニークな店が誕生した背景には、後継者不足や地域活性化の問題があった。10年前、新湊地区に17軒あったすし屋は現在11軒。同地区にとってすし店は観光資源であるにもかかわらず、主人が高齢の店や、後継者がいない場合も。「ならば、観光客が自分で、すしを握り、その過程も含めて楽しんでもらおう」という苦肉の策である。「体験をきっかけに、外国人の方が弟子入りを志願してきたら?」と聞くと、「大歓迎」とのことだ。

 「メニュー」は松(7000円)・竹(3500円)・梅(2800円)の3コースで、予約が必要。それぞれのコースは、握るすしの数が12貫、10貫、8貫と異なる。もちろん、松ほどネタは高級な食材だ。旬や新湊漁港の水揚げによってネタは変わり、シロエビやブリなど富山湾を代表する海の幸も登場する。

 ところで、お味は? 70代の地元団体客に聞いてみた。「思ったよりおいしかった」「まあ、ネタがいいからまずくなりようがないでしょ」「握り方、微妙な手つきが、かなり難しい。奥が深いね」「プロにはかなわないなあ」「味はともかく、楽しめました」。おおむね好評である。

 シャリの握りで味が決まるのが「体験型すし店」。お会計の前には、認定証書が授与される。極意を習得すれば、値段に見合った味が楽しめるが、そうでない場合もあるかもしれない。味は、あなたの「腕次第」である。

(ライター・若林朋子)