●「殺害されても仕方ない状況」

 「私は、横井さんが村長の質問に答える様子をそばで見ていた。聞かれた質問には時間をかけて答えていた。自分が置かれた状況を整理できなかったのか、横を向いたり、上を向いたりして、まるで言葉を探しているようだった。困惑した表情も浮かべていた。殺されるのではないかと恐れていたのでしょう」(デグラシアさん)

 確かに、横井さんは警戒心を解いていなかったようだ。このときの状況について、前出の手記ではこう記されている。

〈家の中から日本人らしい人が出てきて日本語で何か訊かれたりしましたが、ハッキリ覚えておりません。そのうえ警官が来て、村の連中も物見に押しかけてきて、部屋中ごった返すなかで調べられました。多少日本語もまじっていたようですが訊かれる意味はろくに分らず、まるで見世物みたいに引き回されている気持でした〉

 横井さんは15年間、タロホホ川流域の洞穴を住み家にしていた。昼間は魚やエビ、ネズミなどを捕獲したほか、ジャングルの植物を口にして飢えをしのいだ。

 現在、横井さんが住んでいた洞穴はどうなっているのか。記者も実際に確認しようと試みたが、現地住民によると、すでに大半が崩落しており、近くに立ち寄ることができず、放置されている状態だという。

 横井さんの妻、美保子さん(79)は、夫が発見された翌年に横井さんと洞穴を見学している。

「当時はまだ縦穴が残っている状態で、下まで下りることができました。ですが、横穴は天井がすでに崩れており、奥まで行くことができませんでした。内部はたいへん蒸し暑いうえに息苦しかったことを覚えています。こんなところで生活していたなんて、信じることができませんでした」

 ところで、美保子さんは、横井さんが「銃殺寸前」だったことを知っていたのだろうか。

「いえ、主人からは何も聞いていません。初めてお聞きしました。現地の方は日本軍に対する感情がよくないので、主人が発見された時点で殺されても仕方ない状況だったと考えています。ケガもなく、主人を日本へ無事に帰してくださりたいへん感謝しております」(美保子さん)

 かりに発見者がデグラシアさんでなければ、横井さんが過ごした日本での“第二の人生”はなかったかもしれない。

(金子哲士)