ちなみに裕司さんによると、越前ガニを水揚げする福井県内の漁港は、越前、三国、敦賀の3漁港で、漁獲高は越前がトップ。また、越前漁港に水揚げする漁船は、ほかより小型らしい。したがって、こまめに漁港へ出入りするため、越前漁港で揚がるカニの鮮度が、最も高いということになる。


 
 越前ガニの今年の解禁日は11月6日で、開高丼は翌日の7日からスタートする。漁期は3月まで続くが、雌は資源保護のため漁は50日間と限定されている。味わえるのは12月末まで。こばせはホームページ上で、「ご提供開始まで・・日」と、カウントダウンして開高丼の「解禁」を知らせている。宿泊客はもちろん、食事だけの客にも提供しており、昼に1日10組のみの予約限定で、米2合の2~4人前が1万1400円、1.5合サイズは9,000円、1合のハーフは6800円。土日・祝日はすでに予約でいっぱいらしい。

 こばせと開高さんの縁は、昭和40年代から続いている。ベトナム戦争の取材を終え、心身ともに疲れ切った作家を、裕司さんの父で4代目の政志さんが温かくもてなした。もともと福井県は、開高さんの父方の故郷であり、十数回足を運ぶうち、大阪生まれの開高さんにとって、こばせは「ただいま」と言って訪ねる第二の故郷となった。大浴場までの渡り廊下には、色紙や著書などを並べたコーナーがある。1989年に開高さんが亡くなった時、政志さんは葬儀に出席し、越前海岸に咲いたスイセンの花3000本を祭壇に供えたそうだ。

 裕司さんが開高さんと会ったのは、関西での修業を終え、Uターンしたばかりの20代前半のころ一度きり。「独特の雰囲気と、迫力があり、大作家だと思うと緊張しました」と振り返る。開高さんの死後は、神奈川県鎌倉市にある円覚寺松嶺院に墓を建立するため、越前海岸の流紋岩(りゅうもんがん)を運ぶことに尽力した。墓石を見た開高さんの妻、牧羊子さんは「まるで開高が寝そべっているかのよう……」と喜んでくれたとか。

 「開高丼」から作家・開高健の貪欲な食を知り、作品から一言一句へのこだわりを知る。今年は、食欲の秋、読書の秋ともに、福井で満喫するのもいいかもしれない。

(ライター・若林 朋子)