「よし、決めた! こうなったら私はもう、ここから一歩も出ない! 東京なんか行かない! 私に会いたければみんな北三陸に来ればいいんだもん!」

 こうしてユイは、「時代おくれ」の夢を卒業します。注意すべきなのは、「青い鳥は自分のかたわらにいた」という「古典的真理」に、ユイが目覚めたのではないことです。 

 かつてアキが所属していたアイドルユニット・GMTのメンバーが、チャリティー・ツアーの途上で北三陸にやって来ます。彼女たちとアキがはしゃいでいるのを見て、ユイは激しい嫉妬に駆られます。これをきっかけにユイは、潮騒のメモリーズ再起動に向けて動き出します。GMTは、「地方」から「東京」に集められたメンバーで構成されています。そのひとりひとりの「たいしたことのない様子」が、ユイを揺さぶったのです。

「東京」と「地方」の格差の意味はかつてと変わりました。現在では、コンビニエンスストアが全国に行きわたり、ネットで情報や商品を得たり送ったりも可能です。「東京でしか手にできないもの」や「東京からしか送れないもの」はわずかです。

 とすれば、東京まで行かなくても、充実した「アイドル活動」を展開できるかもしれない。ユイが気づいたのはこの点です。そして、GMTの「たいしたことのなさ」を見て、さらにその思いを深めたわけです。物語終盤、上京して芸能活動をすることを勧めるプロデューサーの太巻を、彼女はこういって拒みます。

「東京も三陸も私に言わせれば日本なんで……お構いねぐ」

 大女優・鈴鹿ひろ美は、ドラマの結末で「歌」を獲得します。並みはずれた音痴であった彼女は、アキの母である天野春子に、歌の吹き替えをゆだねていました。春子の故郷の北三陸に行き、自分自身の声で歌う――彼女はそれを、震災後に再建された「海女カフェ」でのチャリティー・コンサートで実現させます。この結果、「ニセモノ歌手」であった過去から、鈴鹿ひろ美は解きはなたれました。

 アキは「『本物』にふさわしい『属性』をもたなくても」。ユイは「東京に行かなくても」。鈴鹿ひろ美は「代役を立てなくても」。彼女たち3人はそれぞれ、「ありのままの自分」に何をつけ加えることなく「再生」します。今、すでに持っている道具や能力でできること――それをやっていくことが「復興」への道である。『あまちゃん』は、そういうメッセージを発しているようです。

 そんな『あまちゃん』の中で、小泉今日子がになった役割とは、果たして何だったのでしょうか?

「『あまちゃん』のブレイクに小泉今日子が果たした役割とは」につづく

※助川幸逸郎氏の連載「小泉今日子になる方法」をまとめた『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』(朝日新書)が発売されました

注1 井上剛「始まりは全て」(「『あまちゃん』完全シナリオ集 第1部」角川マガジンズ 2013)。井上は『あまちゃん』のチーフ演出でした

助川 幸逸郎(すけがわ・こういちろう)
1967年生まれ。著述家・日本文学研究者。横浜市立大学・東海大学などで非常勤講師。文学、映画、ファッションといった多様なコンテンツを、斬新な切り口で相互に関わらせ、前例のないタイプの著述・講演活動を展開している。主な著書に『文学理論の冒険』(東海大学出版会)、『光源氏になってはいけない』『謎の村上春樹』(以上、プレジデント社)など