そして、「南部美人」の革新を印象付ける存在が、蔵で働くアメリカ人のベンさん。2014年10月、酒造りを学びたいとアメリカのアーカンソー州ホットスプリング市から「南部美人」にやってきた。ベンさんは来日のきっかけは、実に単純なものだった。

「7年前に地酒を飲んで、その味と香りにびっくりしました。すごくおいしいと思いました」

 7年前、アメリカでバーテンダーをしていたベンさんは、日本酒に出合い、そのおいしさに驚いたという。それ以来日本酒の魅力に夢中になったベンさんは、こんな夢を描くようになった。

「夢はアメリカでおいしい日本酒を造ること。そのために勉強しに来ました」

 酒蔵ではひとつひとつの作業をつきっきりで教えてもらい、酒造りの作業が終わって帰ると、今度は日本語の勉強。時には家族にテレビ電話で連絡をし、寂しさが顔をのぞかせることもあるようだが、ベンさんはこう話す。

「友達に会いたいし、両親に会いたい……でも、日本酒造りの勉強が大事だから後まわし」

 真剣に酒造りに向き合うベンさんに、ある日、大きな転機が訪れる。久慈さんがベンさんを呼び出し、蔵の一番奥へ。そこには巨大なタンクが。

「このタンクを1本、勉強のために、あなたに仕込んでもらおうと思います」

タンク1本分、一升瓶にすると2300本分にもなる日本酒の仕込みを、ベンさんに任せようというのだ。その意図はというと……

「(酒造りの)チームのメンバーをするのか、チームを率いる人をやるのかでは、同じチームの所属員でも違うわけです。チームを率いる力をつけてほしいと思っています」(久慈さん)

プレッシャーと喜びがないまぜになった、ベンさんの日本酒造りが始まる。ベンさんが初めて任された日本酒の出来はどうなるのか。革新を続ける酒蔵の工夫、そしてアメリカ版「マッサン」の奮闘ぶりを、ぜひご覧になって頂きたい。