中日が”暗黒時代”に突入!? 落合GMのチーム作りがおかしい 小関順二が斬る (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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中日が”暗黒時代”に突入!? 落合GMのチーム作りがおかしい 小関順二が斬る

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中日・落合博満GM。監督時代は名将だったが、GMとしては…(c)朝日新聞社 

中日・落合博満GM。監督時代は名将だったが、GMとしては…(c)朝日新聞社 

 中日ドラゴンズの凄さを1つ挙げろと言われたら、「安定」と答える。セ、パ両リーグに分かれた1950(昭和25)年以降の65年間、Bクラスに転落したのはわずか19回。これがどれだけ凄いことなのか、他のセ・リーグ5球団とくらべてみればわかる。

●Bクラス転落回数と通算勝率
巨人7回   5637勝3952敗311分、勝率.588
中日19回   4972勝4606敗334分、勝率.519
阪神29回   4976勝4649敗301分、勝率.517
広島43回   3971勝4375敗332分、勝率.476
ヤクルト47回 3920勝4463敗295分、勝率.468
DeNA47回  3724勝4676敗279分、勝率.443

(※ヤクルトは国鉄・サンケイ時代、DeNAは大洋・横浜時代を含む)

 巨人に次いでBクラス転落が少なく、勝率の高いチームが中日だということがひと目でわかる。Bクラスが2年以上続いたのは68~70年、80~81年、85~86年、13~14年の4回だけ。勝率で2位の座を争っている阪神が77~80年、83~84年、87~91年、93~02年、11~12年の5回あり、さらに、Bクラス低迷期間の最長が10年なのにくらべると、中日は3年連続が1回あるだけ。その安定感がわかっていただけると思う。

 中日が安定した強さを持続している要因を一言でいえば「チームを短期間で作り替えるうまさ」だろう。2年以上Bクラス低迷が続いていた時期の印象に残るドラフトを見てみよう。

■68~70年頃
 68年……1位星野仙一(明大)、2位水谷則博(中京高)、3位大島康徳(中津工)
 69年……1位谷沢健一(早大)、4位松本幸行(デュプロ印刷機)
 70年……2位稲葉光雄(日本軽金属)、3位三沢淳(江津工)

■80~81年頃
 79年……1位牛島和彦(浪商)
 80年……1位中尾孝義(プリンスホテル)

■85~86年頃
 84年……1位中村武志(花園高)
 86年……1位近藤真一(享栄高)、2位山崎武司(愛工大名電高)
 87年……1位立浪和義(PL学園)

(※高校の名称は当時)

 下位に低迷する球団ほどドラフトで大学・社会人の即戦力を獲得したがり、さらに投手を多く獲る。しかし、この表を見ればわかるように、過去の中日は低迷している時期でも谷沢、中尾、山崎という野手を上位1、2位で獲り、育成するのに時間がかかる高校生、牛島、中村、近藤、山崎、立浪を1、2位で獲得している。「チームの長期的な安定のためには、目先の1、2年が犠牲になってもかまわない」――そんな覚悟の声が聞こえてきそうである。


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