10月26日に長崎で開催されたサイン会の様子。作者の岡野さんは、訪れてくれた一人ひとりにイラストやメッセージを寄せた
10月26日に長崎で開催されたサイン会の様子。作者の岡野さんは、訪れてくれた一人ひとりにイラストやメッセージを寄せた

 認知症の母ちゃんは“想い出”をパラシュートに、天国へ着地した――。週刊朝日で連載中の漫画で、このほど単行本として出版された『ペコロスの母の玉手箱』(朝日新聞出版)のサイン会が26日午後、長崎市のメトロ書店本店で開かれた。作者岡野雄一さん(64)の地元で催す、新刊発売後としては初のイベント。ファンはもちろん、部活帰りの高校生や久々に再会した幼なじみら100人以上が列をつくるなか、岡野さんは一人ひとりと言葉を交わし、愛くるしいイラストや「生きとれば、どんげんでんなる(生きていれば、なんとかなる)」などのメッセージを寄せた。

『ペコロスの母の玉手箱』は、認知症で市内の施設に暮らす91歳の「みつえ」と、ハゲ頭の息子で「ペコロス」(小タマネギ)を自称する岡野さん自身を中心に展開する、クスッと笑え、なのに鼻の奥がツンッとする物語。全編通して会話は長崎弁だ。2012年7月刊行のデビュー作で日本漫画家協会賞優秀賞に輝き、映画の原作にもなった20万部超のベストセラー『ペコロスの母に会いに行く』(西日本新聞社刊)のいわば続編といえる。昨年5月末から週刊朝日に毎週2ページで掲載された作品に加え、新規描き下ろしやエッセーを盛り込んだ全192ページとなっている。定価は1296円(税込)。

 新刊は、タイトル「玉手箱」に込められた母の人生と同様、ファンにはたまらない不思議で楽しい“ペコロスワールド”が存分に味わえる内容だ。例えば、実際には胃ろうをつけて寝たきりになっている母は、物語の中では本・天草の農家に生まれた乳児になったり、酒癖の悪い夫「さとる」に連れ添う新妻時代に戻ったり。そこでは、やはりペコロスや弟の「つよし」も赤ん坊やわんぱく少年に帰り、懐かしい昭和の光景が再現される。また、母と同じ介護施設で暮らす認知症のお年寄りたちの滑稽な振る舞いには、人間が本来持つ優しさや悲しさが感じられ、幅広い年代の読者の胸を打つ。

 実は母の光江さんは今年8月下旬、老衰のために施設で亡くなった。このため、本の冒頭はペコロスが車いす生活から解き放たれた母と思い出を語る姿で始まり、後半で14年前に亡くなった父が母を腕に抱いてパラシュートで空へ落ちていくシーンがページいっぱいに描かれるなど、全体に追悼の色がにじむことになった。岡野さんは「前作が母の人生を表す文章の読点『、』だとしたら、『玉手箱』は句点『。』。今年に入ってほとんど動かなかった母のベッドの横で、僕は精いっぱいアンテナを立てて、母が生きる世界、母の玉手箱の中身を想像しました。すると死んだはずの父や親戚、牛や鶏の気配が感じられた。認知症の母がくれた時間は実に豊かでした」と語る。

 今後は、各地でトークショーつきのサイン会が予定されている。11月3日は東京・啓文堂書店吉祥寺店(0422・79・5070)、30日は水戸市の川又書店エクセル店(029・231・1073)で、いずれも午後2時から。事前に整理券が必要なので各店にお問い合わせを。