「シャンパンは女性を口説くための酒」と書いたのは、『てんやわんや』『自由学校』などユーモアな語り口で昭和期に活躍した作家・獅子文六。自身の著書『シャンパン講義』の中で大正時代、パリに遊学していたころ、それが少なくとも外国での“規則”だったと語っています。

 また、獅子文六は二日酔いの朝にコーヒーの代わりにシャンパンを飲んでいたそうで、酔い醒ましのサイダーと迎え酒の効用を兼ね備えるものは、シャンパン以外には考えられなかったと記しています。その背景には、第一次世界大戦前のパリ紳士の朝食事情がありました。獅子は、当時の紳士がシャンパン小瓶一本、質の良いフォアグラ、バターにプチ・パンを食べていたと本で知り、どうしても真似したくなって試してみたところ、病みつきになったといいます。

「女と食べることが書けたら作家は一人前」という持論を展開したのは開高健でしたが、「酒」に関する書物も、アンソロジーも含めれば古今東西に山ほどあります。そんな作家の酒へのこだわりやエピソードを文芸ジャーナリストの重金敦之氏が『ほろ酔い文学事典』で紹介しています。

 例えば直木賞作家の立原正秋は、『坂道と雲と』で「私は風呂にはいるときによく酒びんを抱いてはいる」と書いています。こうしてあたためた酒が燗酒としていちばんだといい、「しかしガラスの一升壜では酒がすぐさめるから、四合徳利がいちばんよい」とまで指南しています。

 食べることと飲むことに関しては、なみなみならぬ情熱を持っていたという作家の檀一雄は、深夜、原稿に行き詰まると台所に立ち、よく冷えたビールを飲みながら料理をしていたといいます。料理の取材のとき、タマネギの薄切りを何分くらい炒めるのかと聞かれ、

「そうね、ビールをゆっくりと、一本飲みあげるくらいの時間かな」

 と答えたと、娘で女優の檀ふみが記しています。

 さらに同書には、瓶ビールの王冠のフレアスカートみたいなギザギザの数や、ハイボールにおろし生姜を入れる裏ワザ、「泡はビールの一部なのか」を争点とした裁判が過去にあったなど、酒に関する雑学も豊富に収録されており、誰かに話したくなるような小ネタが満載。

『江分利満氏の優雅な生活』で直木賞を受賞した山口瞳の『酒呑みの自己弁護』という本に、「酒亭たにし」という文章があります。終戦直後の昭和20年代のことで、200円もあれば威張って飲めた時代。それでも山口は3日に一度くらいしか「たにし」には通えず、毎日のように来ている40歳くらいの人をうらやんでいたといいます。

<あるとき、私は、その人に、よくお飲みになりますね、と言った。

「ショッチュウ(焼酎)です」

 と、彼は答えた。

 別のときに、いまに誰かに表彰されるんじゃないでしょうかと言った。

 すると、その人は、

「ノーメル賞です」

 それ以外のことを言わなかった。そのことでも、私は彼を尊敬せずにはいられなかった>(ちくま文庫)

 作家をめぐる酒の話は尽きない。