寿司と一緒にオーダー品専用レーンで運ばれる淹れたてコーヒー。転倒しないように深めの受け皿の上に置かれている
寿司と一緒にオーダー品専用レーンで運ばれる淹れたてコーヒー。転倒しないように深めの受け皿の上に置かれている

 日本食は繊細だ。塩味でも酸味でもない、「出汁」という形容しがたい味が料理の質を左右するという、なんとも難しい料理だ。出汁に含まれる「うま味」は、味を表現するのに重要な成分のひとつだが、英語にはこれに相当する単語がなく、umamiとそのまま日本語で表現している。世界遺産になるのも納得ではないか。

 そのグルメな日本人は、これまた凝り性の上に、努力と根性で知恵と技術を獲得し、工夫を凝らして、次々と欲望を満たす商品を開発してしまう。

 そのひとつが、コーヒーだ。日本に本格的にコーヒーが伝えられてから200年あまりだが、アメリカ、ドイツに次いで世界第3位を誇るコーヒー輸入大国になった。そして今、熱いのが「コンビニコーヒー」だ。2008年にマクドナルドが「プレミアムローストコーヒー」を1杯100円で販売したのを皮切りに、12年には各コンビニでも続々と淹れたてコーヒーのサービスを開始。「日経トレンディ」の13年上半期ヒット商品に「コンビニコーヒー」がランクインするほどだ。各社、値段だけではなくソフトクリームをトッピングできたり、ミルク系メニューを豊富にして女性ターゲットを狙ったりと、味やサービスにこだわり、差別化を図っている。コンビニコーヒーの価格は100円〜200円程度。日本人の持つ肥えた舌に知恵と技術と根性を合わせ、安価で本格的なコーヒーをいつでも楽しめる環境を、たった数年で作り上げてしまった。

 そして遂に、回転寿司にまで本格派コーヒーが登場した。株式会社くらコーポレーションが運営する、無添くら寿司のプレミアムコーヒー「KULA CAFE」だ。注文を受けてから豆を挽いて抽出、豆は最高級のアラビカ豆を100%使用するというこだわりようだ。ホットとアイスで製法を変え、ホットはしっかりとした甘味とコクを、アイスは重厚感がありつつさっぱりとした後味を実現した。

 「寿司にコーヒー?」と疑問視する声もある。しかし考えてみれば、今やすっかり一般化した「チーズおかき」だって、発売当初は「洋物のチーズに和物のおかきだと?」と誰もが違和感を覚えたはずだ。

 また、以前は「食後の一服」はタバコだったが、今やコーヒーを意味するようにもなっている。喫煙者の減少が食後のコーヒー文化を後押ししているのだ。

 このところ、高級ホテルやレストランでの食品偽装が問題になっている。海老や牛肉の味は区別が難しくても、これだけ一般化しているコーヒーの味なら、作り手が横着すればすぐに分かるものだ。高級店が手を抜き、安価で大衆向けのサービスと思われてきたコンビニや回転寿司が、本物志向に向けて動き出しているのだから皮肉なものだ。安さ以上に美味しいコーヒーは、開発者のこだわりと努力の結晶だ。

 今まで、寿司にコーヒーという発想が薄かったのは、寿司店が本気でコーヒーに取り組んでこなかったからではないか。株式会社くらコーポレーション広報に、顧客の反応を聞いてみると「今までは、食事の後に河岸を変えてお茶を飲みに行くのが習慣だったが、これからは同じ店で済ませられるのだから便利」「ランチやディナーだけではなく、ティータイムにお寿司屋さんでデザートとコーヒーという選択肢ができた」とおおむね好評だとか。寿司後のコーヒー。寿司屋でティータイム。10年後には当たり前の文化になっているかもしれない。