日本人の海外留学者数が6年連続で減少していることが、文部科学省より発表された。グローバル化が進む世の風潮に反し、少子化や長引く不況などが留学者数を減少させていると考えられるが、株式会社ベネッセコーポレーションの海外進学責任者である藤井雅徳氏によると、「実際は留学に対する熱は高まっている」という。現在の留学事情はどのようなものか、藤井氏に解説してもらった。

――文科省から留学生の数が減っているというデータが発表されました。この背景には、どんな要因が挙げられますか?

藤井:まず、少子化で18才人口が年々減少していることと、リーマンショック以降、企業が派遣するMBAなどの大学院留学が極端に減ったことが挙げられます。それと、2006年からTOEFLの試験でiBTという形式が始まり、スピーキングが必須になりました。日本人は発信型の英語力が弱いと言われているので、スピーキングに対する苦手意識が留学に二の足を踏ませている面もあると思います。最近では日本の大学が海外留学をさせるプログラムを充実させてきています。秋田の国際教養大学、大分の立命館アジア太平洋大学など、在学中に1年間の留学を必須にする大学や新設の学部が出てきて、留学しなくても、短期留学や協定校留学でいいと考える人が増えたのではないかと思います。

――今回の文科省の発表は2010年の数字です。今、現場の状況はいかがですか?

藤井:現場感覚からしてみると、この数字には少し違和感があるんです。実際、高校生の海外進学カウンセリングを行うベネッセ海外進学サポートセンターの登録者数は、去年が2000人ほどでしたが、この1年で3倍に増えています。結果として海外大学に進学する生徒も、2011年が25名、2012年が135名、今年は200名前後へと増加しています。また、日本の大学を選ぶ子たちを見ても、留学に関わる学部学科は、法学部、経済学部、文学部といった文系学部と比べて人気になっているので、実際に海外大学に行く行かないにかかわらず、留学に対する熱は高まっている実感があります。

――留学の相談に来る高校生が増えている要因は?

藤井:楽天やユニクロが社内の公用語を英語にするという発信があったり、東京大学が秋入学を検討したり、グローバルな人材が世の中から求められていることは、保護者も生徒も感じていて、それが大学選びにじわじわ響いてきていると思います。それに、私たち大人が思っている以上に、今の中高生にはソーシャルメディアが浸透していたり、YouTubeで留学の様子をチェックしたりする子も多いです。そうした子どもたちと接していると、本当にボーダレスに物事を考えているのだなと感じますね。

――留学といえば、ある程度裕福な家庭でないとできないイメージがあります。

藤井:確かに、昔は一定の所得層がメインだったと思いますが、今ベネッセが取り扱っているプログラムは、海外の大学でも国立か州立を紹介しているので、下宿して日本の私大に行くのと、大きく費用は変わらないです。そういった意味でも、留学という選択肢が広がってきていると思います。

――実際、どのくらいの金額がかかるものなのですか?

藤井:おおまかな計算になりますが、日本の私立大学は、まず初年度納付金として約100万円支払います。それから毎年の学費が100万円ずつ。4年でだいたい500万円が必要です。それに対して、ベネッセで紹介しているアメリカ留学のプログラムでは、コミュニティカレッジという2年制の州立の教育機関に行くのですが、この授業料が年間60〜70万円で、初年度納付金はありません。そこから3年次に4年制大学に編入するのですが、こちらの学費が平均で年間150〜200万円。4年トータルで考えると、日本の私大とほぼ同じか、1〜2割高い程度に収まります。

――実際、海外の大学で学ぶことのメリットは?

藤井:やはり語学力が身につくことが一番大きいです。1年だけの留学や、大学院に2年行くだけでは、英語で聞いて、日本語で考えて、英語で答える回路しか身につかない。「英語で考える」という回路を身につけるには4年は必要です。専門的な知識やスキルは大学院からでも全然遅くないですが世界観、慣習など異文化を理解するためにも、若いうちに行くべきだと思います。

――語学以外の部分ではいかがですか?

藤井:アメリカは教養教育を進めているので、文理問わない自然科学、社会科学、人文科学、いわゆるリベラルアーツが幅広く学べます。日本はだんだん掘り下げていく教育ですが、アメリカのトップ大学はどんどん教養教育を広げるんです。それは今の時代、特定の分野だけ知っていても、物事は解決できないことが多いフェーズになっているからです。

――でも、それだけ多くのことを勉強しなければいけない。

藤井:そうですね。今は知識をどう使うかという力が求められています。最近のアメリカの授業も、事前に講義の動画で知識を得たうえで、授業では「あれはどう思った?」と入っていく。授業スタイルも変わってきているんです。オンラインで情報知識を習得させ、授業ではディスカッションすることで、その知識を深める。スタンフォード大学はオンラインで授業をやっていて、現地の学生でなくても見られるのですが、数百万人200万人が見ています。今はネットを通せば世界中の情報が手に入ります。でも、語学力がないと理解できない。だから、留学で英語力が身につくのは当たり前に思われるかもしれませんが、その英語力があるかないかで、その先が大きく変わってくるんです。

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 グローバルな人材が求められるというだけでなく、日本の大学を出ても就職率は60%台で、国内企業の業績が上向かない現在において、海外留学がより身近な選択肢になっていくことは間違いないだろう。藤井氏は「分野によっては日本の大学がリードしているが」と前置きしつつ、今後はエネルギーやコンピュータサイエンス、宇宙、脳科学といった理工学系の留学が増えると予測する。留学者数減少というニュースとは正反対に、実際の現場では大学選びのグローバル化がどんどん進んでいるようだ。

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