トランプ不在で敵なし、プーチン大統領にゲームの主導権

 よく言われるのが、「マッドマン・セオリー」(狂人理論と訳される)だ。

「狂人」のように突拍子もない発言や判断をすることで、交渉相手を譲歩させたり妥協させることだ。心理学の専門家などに言わせると、トランプ氏だけではなく、金正恩氏やプーチン氏もこのマッドマン・セオリーの使い手ということらしい。

国家間の対立、緊張の高まっている際の交渉などで、なぜこのマッドマン・セオリーが有効なのかというと、相手に「次の一手」を読ませないという利点が大きい。

 例えば、アメリカと対立する国のリーダーは、自分が下した判断で次にアメリカ大統領がどう動くのか、どんな制裁をしてくるのかということを、自国の情報機関などと連携して必死に分析・予想をしながら交渉をしている。

 しかし、トランプ氏にはこの方法が通用しない。Twitterで平気で「攻撃をする」などと非常識なメッセージばかりを連発し、前言撤回も当たり前。怒りで我を忘れて核のボタンを押してしまいそうな恐怖もある。要するに、何を考えているのかさっぱりわからないのだ。交渉相手として、これほどやりにくい相手はいない。だからトランプ氏が大統領の間、プーチン大統領は大人しくしていた、という専門家の指摘もある。

 では、逆に交渉しやすい相手、与しやすい相手はどんな人かというと、トランプ氏、つまりはマッドマンの「真逆」である。国際社会が眉をひそめるような言動はせず、一度言ったことは責任をもってしっかりと約束を守る。国のリーダーとしての責任と自覚をもって、国際社会と連携・結束をしながらみんなで協力して問題解決にあたっていく。そんな「常識的で理性的ないい人」である。

 ここまで言えばもうお分かりだろう。そう、まさしくバイデン大統領である。トランプ氏だったら、「ウクライナに軍事介入しない」と発言をしても、気分次第ですぐさま前言を翻して、派兵するとか言い出す恐れもある。なにせ、自分の国でも暴動をあおったほどだ。しかし、バイデン氏に限ってはそんなことはありえない。「軍事介入しない」と言ったら、有言実行で、経済制裁だなんだと「外野」で静観している。

 その絶対的な「信頼」があるので、プーチン大統領は安心してこの戦争を長期化できる。

 しかも、ありがたいことに欧米メディアやCIAはこぞってプーチン大統領を「正常な判断ができない」と盛んに“マッドマン”扱いをしており、最近では「アルツハイマー病ではないか」なんてニュースまで流れている。戦争において「次の一手」が読めない敵ほど恐ろしいものはない。欧米は完全にプーチン大統領にゲームの主導権を奪われた形である。

 前出・乾氏がコラムの中で述べている言葉を引用すれば、<「常識人」では、帝国主義的思考に凝り固まっている中露の指導者と対峙(たいじ)できない>のである。

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「常識人内閣」は中国の脅威に対峙できるのか