■日本の医師はまだオピオイドの怖さを知らない

――オピオイドクライシスを描いたアメリカ映画『ベン・イズ・バック』では、ごく普通の少年がスケートボードで大ケガをしたことをきっかけにオピオイド依存症になり、家庭も交友関係も破壊され、破滅に追いやられました。なぜ、あんなことが起きてしまうのでしょう?

 たとえばアメリカでは帝王切開で出産した場合、翌々日に退院するのが当たり前です。平均60錠ものオピオイドを処方されて退院します。アメリカの医療システムでは再診まで1~2カ月も空くので、その間痛がらなくても済むよう医師は多めに麻薬を出すのです。

 報告を見ると60錠のうち30錠ぐらいは、術後の痛みをコントロールするという本来の目的通りに飲まれていますが、問題は未使用の30錠です。

 患者は自己判断で、生理が再開した際の生理痛や頭痛、歯痛、あるいは産後の骨盤の変化に伴う腰痛等の痛み止めとして使ってしまう。これが不適切使用です。退院時の処方数を制限しておけば依存にはならないはずです。余るほど大量に処方されたオピオイドが、社会や家庭内に氾濫していることが、不適切使用の温床になっていると指摘されています。

――アメリカではなぜそこまで、痛みの緩和が重視されるのでしょう?

 米議会が2001年からの10年間を「痛みの10年」と位置付けて、痛みの緩和を優先させる宣言を採択したのがきっかけで、「痛みの緩和は人権=必要最低限の医療としてのオピオイド処方」という考え方が広まってしまったのです。

 ただ、オピオイド自体は医療現場で長年処方され続けてきた薬であり、適正使用によって多くの患者さんの苦痛を和らげQOL(クオリティー・オブ・ライフ)やADL(日常生活動作)を改善させてきた、医療に必須の薬ですからね。問題は不適切使用されることにあります。

――冒頭のペインクリニックの医師は、「氷山の一角かも」と、日本でもオピオイドの不適切使用が増えていくことを危惧しています。

 それは私も心配しています。

 実は、がん患者さんだけでなく、非がん性慢性疼痛の患者さんでも、大量使用で私のところへ紹介されてくる患者さんは徐々にですが増えてきています。

 たとえば長引く激しい痛みを訴えていた患者さんは、有名な先生のところへ通った結果オピオイドを大量に処方され、痛みを訴えることはなくなったものの表情がなくなり、何も言わなくなってしまったと、親御さんに連れられてきました。

 日本の医師は、オピオイドの怖さを知らな過ぎる。

 たとえば、通常は1週間ぐらいで鎮痛薬は要らなくなるケガや病気なのに、痛みを訴え続けている患者さんがいるとします。その場合、私たち痛みの専門家は、痛みの原因は器質的(障害や病変による)というような単純なものではなく、心理社会的な背景の関与、影響が強いと考えます。そういう患者さんには、一般的な鎮痛薬は効きにくいです。効いていたとしても、満足は得られません。どの薬を飲んでも痛みが和らがないとなったときに、「じゃあもっと強い痛み止めを処方しよう、医療用麻薬だ」という使い方をしたら大変なことになります。

 一般的な痛み止めが効かない、効きにくいというときには、何かがおかしいと考えなくてはいけないのに、そのような理解ができていない医師は残念ながら少なくないのです。

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慢性疼痛の背景には社会的要因も