新幹線から乗り換えた私は、荒波に漂う浮遊物のような状態でキャリーバッグを引いていました。そんな状況の中で、誰かの足が絡んだ(つまずいてころんだのではなく軽く接触した)ようです。その瞬間、真後ろにいた男の「チッ!」という舌打ちが私の耳元で聞こえ、とっさに振り返りました。

「こんな状況“だから”仕方がないじゃないか」「お前だってスマホを見ながら歩いていたじゃないか」そんな気持ちだったので、私の表情も咎めるような、いぶかしげなものだったのでしょう。

  しかし、ごく普通の身なりをしたその男性の目を見た瞬間、背筋がゾッとし恐怖感に襲われました。男の目は完全に常軌を逸していました。人間のものとは思えない殺意すら感じる目だったのです。焦点があわず、ただただ真っ黒な目でにらんできます。刑事時代にも何度か遭遇したことのある“この種の輩”は、損得勘定にたけたヤクザよりもはるかに怖い存在なのです。

 私は「ヤバい」と危険を察知して、すぐにスイッチを相手の怒りを鎮める“Sモード”に切り替えました(「S言葉」については過去の記事『クレーマーの餌食になる人はみな「この言葉」を使ってしまう』で詳しく解説しています)。

「ごめんごめん」「すんません」。

 こんなとき軽い感じの関西弁は便利です。「申し訳ありません」とは言いにくいが、へりくだった形でないニュアンスの言葉がとっさに口から出てきました。

■キレた相手に遭遇した時、絶対にしてはいけないこと

 今、冷静に考えると、とっさにお詫びの言葉を出す“Sモード”が私を救ったのかもしれません。事件になることは無かったとは思いますが、可能性はゼロではありません。コロナ禍は、ある日突然、このようなキレた相手の恐怖に誰しもが晒されるリスクを増加させているのです。

 さて、こうした場面に出くわした際にはどうすればよいのでしょうか。

  まず皆さんに考えてほしいのは、リスクを避けることです。こうした局面で、相手を説得しようとしても思い通りになりません。また、力(技)で撃退・論破したとしても、テレビ番組の「スカッとジャパン」のようにはいきません。逆切れされて深手を負うかもしれませんし、得体のしれない相手に勝利してもなにも良いことはなく、得るものはありません。

 そんなモンスターに遭遇した場合、私ならばスルーします。勝負をしても、単なる時間の浪費。ストレスをためるだけだと考えています。

 これはコロナ禍におけるクレーム対応にも共通します。議論して相手のプライドを串刺しにすれば、逆恨みを買い、逆ギレされるかもしれないのです。このように、ごくごく普通の人が、アクシデントによりキレてしまう場面こそが、一番怖い状況なのです。

 その日の夕食時に、家族にこのことを話すと「だいぶ大人になったね」とほめられました。とりあえず不快な思いを与えた相手には「S言葉」でお詫びする、Sモードは良いことばかりです。

 コロナ禍で、誰もがイライラしていて、些細なことで事件になってしまう――。厳しいこともあるでしょうが、今年が踏ん張る一年になるといいなと思っています。

(エンゴシステム代表取締役 援川 聡)