「『直接会おうよ』と誘われました。そのときにはちゃんと『今やっているビジネスの話を聞いてほしい』と言われましたが、その言葉を聞いて確信しましたね。『やばい、これは絶対、マルチの勧誘だ。今までの会話は全部、マルチに勧誘するための情報収集だったんだ』と」

●対面を避けてビデオ通話で勧誘

 しかし、木島さんの仕事がコロナで休業中だということは、リモート飲み会の時点で知られていた。そのため、多忙を理由に断ることもできず、渋々、先輩と2人で会うことになったのだ。

 マルチ勧誘の常套手段に「ABC」と呼ばれるものがある。

「ABC」とは、勧誘される「C」(この場合は木島さん)と、Cに声をかける橋渡し役の「B」(この場合はY先輩)、そして、Bの上司にあたる「A」が同席し、Cを勧誘するという、悪徳マルチ勧誘のお決まりの手法だ。

 木島さんは不審に思ったものの「ネットで調べたら、『ABCを行う場合、BはCに、あらかじめAが来ることを伝えないといけない』と書いてありました。ところが、そのとき先輩から、他の人が来るということは聞かされていなかったんです。だから、『これはABCじゃないし、マルチの勧誘じゃないかもしれない』と、ちょっと油断していたんですね」

 だが、木島さんの期待を裏切るように、喫茶店に入店した直後、Y先輩による勧誘が始まった。数日前のリモート飲み会で木島さんの悩みや興味を聞き出していた先輩のプレゼンは非常に巧みで、木島さんは「もしかしたら本当に稼げるのかも…」と、心が揺らいでしまったという。

「私が興味を傾けていることを見抜かれたのでしょうね、『夏美に会ってほしい人がいるの。私もその人に感化されてこのビジネスを始めたんだけど、本当にすごい人。会えば分かるから!』と、畳み掛けてきました」

 だが、こうした勧誘で、事前告知なしに第三者がやってきて勧誘を行うことは違法だ。そこで先輩が用いた手段が、「ビデオ通話」だったという。

「対面の勧誘はアウトでも、ビデオ通話ならセーフになるんですかね?本来は限りなく黒に近いグレーのような行為だとは思いますが、なにせ前例があるのかもよく分からないですからね。気付いたら、リモートによるABCが始まっていました」

 こうして画面越しにAとなる勧誘役の女性が登場し、いよいよ逃げ切れなくなった木島さん。そのまま、先輩が持っていた書類にサインをし、入会してしまった。

「入会したのは6月の頭でした。入会後は、セミナーや勉強会、成績優秀者を表彰する会などに参加しました。オフラインで開催されていたイベントもあったけど、基本はオンラインの催しだけ参加していましたね。密になるのが怖いという気持ちもありましたし、なにより、流されるままに入会した自分には、先輩たちのようなマルチに注げる情熱がなかったので」

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リモートのシステムを駆使したマルチの勧誘