●日本のアスリートやスポーツ選手が気付くべきこと

 日本のスポーツ関係者は、人種差別という日本社会ではあまりメインテーマとされる機会の少ないテーマだけに、「対岸の火事」のように感じていないだろうか。

 だが、先に指摘した「健全な社会であるかどうか」の点からいえば、日本のスポーツ界も同様の問題は多く抱えている。

 例えば、スポーツ界のパワハラ問題、練習や試合での体罰や暴言の実態は健全といえるだろうか。これを放置したまま東京五輪を開催する資格が日本社会にはあるのかという指摘は以前にもした(参照)が、アスリートが自らこの問題を提起し、改善する動きはほとんど見られない。

 大坂なおみ選手らの行動によって、日本のアスリートたちももっと自分たちが社会的な存在であること、スポーツを通じて社会をより健全で快適に改革できる存在なのだという使命感に目覚めることを期待したい。

●一転して準決勝出場に翻意、大坂なおみの真意は?

 翌日になって、「大坂なおみが一転、準決勝に出場」というニュースが飛び込んで来た。

 彼女の棄権表明を受けて大会が「人種差別や社会的な不公平に抗議するため」、27日に予定されていた全ての試合を中止した。その上で、WTA(女子テニス協会)が大坂なおみ選手に出場を要請し、長時間の話し合いが持たれたという。その結果、「出場することで、より強い抗議の意思を伝えられる」として彼女が改めて準決勝出場を決めたという。

 今回の行動で、大坂なおみ選手は単なるテニス選手ではなく、強い意思と社会的な役割を担う表現者としての道を歩むことになった。今後も彼女がしばしばこうした発言や行動を重ねるかどうかは別として、彼女が黒人女性の代表として、また人種問題だけでなくあらゆる差別を排除する意思がはっきりと示された。彼女の活躍は今後、たとえ無言でもその訴えと一体となって社会に発信されるだろう。

 31日から始まる全米オープンでは、1回戦で土居美咲との対戦が決まっている。何のためにスポーツをするのか。何のために金メダルを取るのか。個人の栄誉のため、多額の報酬のため、その後の人生を開くため、といった経済的、個人的な目的でしか理解できなくなっている日本のスポーツ界にも、大坂なおみ選手の行動は大きな衝撃を与えたといってもいいのではないだろうか。

 スポーツで活躍することが、社会の変革に貢献する。それはアスリートにとっては、大きなやりがいにつながるだろう。

 スポーツ選手が黙って恭順し、競技に専心する時代は終わった。

(作家・スポーツライター 小林信也)