●厳しい目もある中、無償で働くモチベーションは何?

 廣瀬さんは医療にかける思いがアプリ開発の根底にあったが、集まったそのほかのコアメンバーは何がモチベーションになったのか。福岡のITスタートアップ企業で働くデザイナーの松本典子さんと、別会社に所属するUX(ユーザー体験)デザイナーの児玉哲彦さんは、それぞれ動機付けが異なっている。

松本 高い志があったわけではないのです。廣瀬さんから相談を受けて見せられたデザインがひどかったので(笑)、自分が最後までつくりたいという思いになりました。エンジニアならではかもしれませんが、探求心だけで取り組むというのが習慣付いていて、お金のことは考えていませんでした。

児玉 ITは社会にインパクトを与えられるのに、日本では公共部門につながっていかないということに長年、問題意識を持っていました。今回のコロナ問題で自分にできることはないかリサーチしていたところ、廣瀬さんの取り組みをFacebookで知り、参加することにしました。

 今回のアプリについては、COVID-19 Rader JAPANの開発したコードを、厚労省が委託したベンダー企業のパーソルプロセス&テクノロジーが今後維持・調整をしていくことになる。これで「COVID-19 Rader JAPAN」が政府と取り組んできたミッションは一段落ということだが、今後どうするのか。

廣瀬 「COVID-19 Rader JAPAN」として開発したコードは今もオープンになっていて、他国でも使われる可能性があります。実際にオーストラリアが参考にしてくれているようなので、世界各国が自由に、平易に実装できるように、今後も開発を進めていけたらいいなと思っています。

安田 技術は単独で存在するだけでは無意味で、社会で利用されて初めて力を発揮します。これまでデジタル化が進まなかった日本政府にとって、今回がデジタルトランスフォーメーションできるチャンスになるのではないかと思っています。だから、最後までやりきらないと始めた意味がないんです。

――日本の人口の6割が利用しなければ、効果が出ないといわれています。その点については、開発者としてどう思っていますか?

廣瀬 こんなアプリはない方がいいに決まっています。だけど、そんなことを言っていられる現状ではない。そのために、僕たちは、プライバシーや透明性などを最低限担保してきました。

 薬は飲まなければ効果が出ないのと同じです。初めて飲む薬が怖いのは分かりますが、効果を得るためには飲むしかありません。怖がらずに飲んでくださいという気持ちです。
 もちろん即効性を持つような対症療法薬が出てくることを期待したいです。でも今は感染者を減らすということしかできないので、それにアプリが役立ってくれたらいいなと思います。

 自分が感染しないためのアプリではなく、自分が誰かに感染させないためのアプリです。日本人の6割が、自分のためではなく誰かのために、自分の大切な人を守るために、アプリをインストールできるのかどうか。そういうことが社会に問われているんだと思います。