「あとにして、マイク」彼女は言った。「家にはいるから、またにして」

 これが現実だ。あの日はブラッドに先を越されたから、次の日にした。

 離婚が成立したのは2月14日だ。皮肉な話だろ? ロビンはそれなりの現金を手に入れ、俺が買ってやったひと財産分の宝飾類も全部そのままあいつのものになった。”鬼婆ルース”[ロビンの母]はロビンの戦利品の一部でニューヨークに<ネヴァー・ブルー・プロダクションズ>というインディ映画の製作会社を立ち上げた。

 ハリウッドのプロデューサーで友人のジェフ・ウォルドが、俺の代理人にハワード・ワイツマンを薦めてくれた。こいつは凄腕だった。離婚協議中、ロビンは自分に振り出された高額の小切手は有効と主張した。下の線に”マイク・タイソンからの贈り物”と書かれていたからだ。しかしあいつは、銀行が小切手を全部マイクロフィルムに記録していることを知らなかった。ハワードはマイクロフィルム化された元の小切手を拡大して、厚紙に貼りつけ、書かれていた内容は小切手が現金化されたあとロビンが書き足したものであることを立証してのけた。

 ロビンは俺のランボルギーニも手元に残そうとした。自分のガレージに入れて、俺に持ち出されないよう扉の前にセメントブロックを置いたんだ。だがそのくらい、ハワードにはどうってことなかった。元モサド[イスラエルの諜報機関]の私立探偵を何人か雇うと、彼らは誰も起こさずに20分で車を出してきた。

 晴れてロビンから解放されたが、気分は高揚するどころか、どっぷり落ち込んでいた。あいつとはもう夫婦でいたくなかったが、これまでの経緯に屈辱を感じていた。自分が半分に縮んでしまった気がした。裏切られただけでなく、衆人の目に一部始終がさらされたのが惨めでならなかった。あそこまで他人にいいようにされたのは初めてだ。あいつのためなら死んでもいいと思っていたのに、もうあいつが死のうが全然かまわない。愛はなぜこんなふうに変わってしまうんだ? 冷静になって当時を振り返るにつけ、ロビンと母親のルースは本当に嘆かわしい人間だった。カネのためには手段を選ばなかった。あの二人にとってカネは紙の血液だったんだな。