ぜひ、それを踏まえて、あの絵を見てみてください。

 たとえば、中央の女性の目は正面を向いています。しかし、鼻はL字なので真横から見たもののようです。

 左右の眉毛の形と位置が違うのは、斜めから見たものと、正面から見たものが組み合わさっているからでしょうか。

 正面から顔を見たとき、耳はこんなに目立たないはずです。耳は、斜め横から見たものかもしれません。

 絵全体にも目を向けてみましょう。顔や身体の色が、突如切り替わっているところがあります。これは、さまざまな方向から見たときの陰影を1つの画面に組み合わせているからではないでしょうか。

 この絵には、「多視点」からとらえられたものが、ピカソ自身を通して「再構成」されています。ピカソは次の言葉を残しています。

「リアリティーは君がどのように物を見るかの中にある」

「リアルさ」からはほど遠いように考えられがちな《アビニヨンの娘たち》ですが、ピカソはこの絵に、遠近法では到達できないような「新しいリアルさ」を求めていたと考えられるのです。

■執筆者紹介
末永幸歩(すえなが・ゆきほ)
美術教師/東京学芸大学個人研究員/アーティスト
東京都出身。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。
東京学芸大学個人研究員として美術教育の研究に励む一方、中学・高校の美術教師として教壇に立つ。現在は、東京学芸大学附属国際中等教育学校で教鞭をとっている。
「絵を描く」「ものをつくる」「美術史の知識を得る」といった知識・技術偏重型の美術教育に問題意識を持ち、アートを通して「ものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を展開。生徒たちからは「美術がこんなに楽しかったなんて!」「物事を考えるための基本がわかる授業」と大きな反響を得ている。
彫金家の曾祖父、七宝焼・彫金家の祖母、イラストレーターの父というアーティスト家系に育ち、幼少期からアートに親しむ。自らもアーティスト活動を行うとともに、内発的な興味・好奇心・疑問から創造的な活動を育む子ども向けのアートワークショップ「ひろば100」も企画・開催している。著書に『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』がある。