山口 そこで企画や判断のプロセスを見せることは、マーケティング教育にもつながりますね。

安藤 マーケターを育成すると言っても、座学だけでは難しいですね。どの順番でネタを出したら一番面白いか、どうやったら一番拡散するか、といった判断は、具体的な意思決定のプロセスを生で見せるのが一番です。面白いと思う施策であっても、「日清食品らしさ」が出せているかどうかといったブランディングの勘所もその場で共有しています。

山口 「日清食品らしさ」も、そこで体感して体で覚えろというわけですね。

安藤 「らしい、らしくない」という企業文化は時代によって変わるので、明文化するようなものではないと思っています。ほかにも、スピード感を重視しています。会議でも結論は持ち越さず、必ずその場で即興的に決めてしまう。即興を重視するのは、アイデアを話したときに笑いが起きるかどうかが重要だからです。会議の場で爆笑に次ぐ爆笑が起これば、お客さまにもきっと楽しんでもらえるはずですから。

山口 クライアントに日ごろ伺っていて、現場の業務のフィードバックの熱量や頻度が少ない会社だと、人材は育ちにくい印象があります。そんなふうに、目の前の生の題材で、トップがフィードバックを続けるというのは最大の育成ですね。施策の効果に関するレビューもやっているんですか。

安藤 施策の結果は、あらかじめ設定したKPIに照らして必ずレビューします。CM好感度ランキングやYouTubeでの動画再生回数、Twitterのリツイート数、Yahoo!やLINEニュースに載ったかどうか、まとめ記事がどのぐらい出たか、といったさまざまな基準で合格ラインを決めています。合格ラインに届かなかった場合は、何がいけなかったのかもちゃんと議論する。「このニュースが出たタイミングと被った」「○○の時期はダメなのかも。じゃあ来年はやめよう」と、1つ1つみんなで確認し、学びを組織的に蓄積しています。

●「おバカ」を支えるのは、シビアなPDCAの仕組み

山口 経営トップがコミットして、そこまでやり続けるのは、すごいPDCAサイクル(計画→実行→評価→改善を繰り返すことで、業務を継続して改善する手法)ですね。

安藤 フィードバックは非常に重要です。こうした振り返りは、マーケティングに限らず、あらゆる業務で実践しています。上司と部下が月に一回、一対一で面談する「1 on 1ミーティング」を導入し、業務について対話を通じた検証と内省を行うことで、PDCAをしっかり回す仕組みを作りました。最初は、管理職から「何を話せばいいのかわからない」「普段から打ち合わせをしているから必要ない」といった反発があったのも事実です。でも、コーチングのレクチャーを開いたり、質問スクリプトを用意したりと、運用で磨きをかけながら定着をはかってきました。

山口 日清食品は目に見える宣伝等では「おバカ」や「面白さ」を追求しながら、その裏には、極めて数字にシビアで、PDCAをきちんと回す土台があるんですね。片手に大胆ネタ、片手に算盤が両立しているのが稀有だと思います。あえて近い印象の会社を探すと、ソフトバンクくらいしか思い浮かびませんね。

安藤 コミュニケーションに限らず、商品についても「解剖会議」というものがあります。この商品がなぜ売れているのか、または売れなかった原因がどこにあり、その責任が誰にあるのかを、組織ではなく個人名で徹底的に“解剖”する。仮に10億円の損失が出た場合、誰が下した判断でどれくらいの損害が発生したのか、プロセスを切り分けて、Aさんに5億円、Bさんに1億2000万円、と個人に損害額を割り振っていくんです。

山口 厳しいですね!損失は、人事評価や報酬に直結するんですか。

安藤 解剖会議で責任があるとされたからといって、減給されたりや降格されたりはしません。二度と同じ失敗をしないために、あるいは、成功体験を共有するために必要な手続きで、失敗と成功の要因を関係者全員で確認することが目的なんです。

山口 結果を直視すると、「責任者は誰だ?」という犯人探しになるからやりたがらない会社が多いですけど、数字と因果関係を明確にするのは、最高の育成施策ですね。