●ジョン・レノンはなぜ『ロックンロール』を作ったか?

 また、相手の真意を探るときに、常に念頭に置いておくべきことがある。

 それは、「戦いを避ける方法はないか?」という自問だ。交渉は「自分の目的」を達成する手段である。「自分の目的」を達成できるのならば、できるだけ戦いを避けるべきなのは言うまでもないからだ。

 相手の真意がわかれば、そもそも対立点がなかったことがわかることもある。

「オレンジ」の話を知っている方も多いだろう。姉妹が一個のオレンジの取り合いになって、どちらも譲ろうとしない。しかし、両親が姉妹の話を聞くと、一瞬で問題は解決した。なぜなら、妹はオレンジの果肉を食べたかったのだが、姉はオレンジの皮を使ってマーマレードを作りたかったからだ。

 つまり、姉妹は一個のオレンジを取り合って対立したが、お互いの「目的」は別のところにあったのだ。お互いの真意を理解すれば、一個のオレンジを分け合うことで、双方の「目的」を達成することができることもあるということだ。

 もちろん、このようなケースは、現実のビジネスでは珍しいだろうが、可能性がないわけではない。このようなイメージをもちながら、相手の真意を探ることは非常に意味のあることだと思う。

 あるいは、ひとつのアイデアで対立を解決することができることもある。

 たとえば、ジョン・レノンが1975年に発表した『ロックンロール』というレコードがそうだ。ロックンロールの古典をカバーした全米6位を記録したヒット・アルバムだが、このレコードをつくるきっかけには「盗作騒動」があった。

 そもそもの発端は、ビートルズ時代にジョン・レノンが作曲した「カム・トゥゲザー」という曲にある。この曲が、チャック・ベリーの楽曲の出版権者モリス・レヴィという人物から、チャックの「ユー・キャント・キャッチ・ミー」というヒット曲の盗作であると、訴訟騒ぎを起こされたのだ。

 数年にわたって揉めたようだが、最終的に示談が成立。その条件が、モリス・レヴィが所有する楽曲をジョン・レノンがレコード化することだった。ジョン・レノンのレコードはヒットするに違いない。そのレコードに楽曲が収録されれば、モリス・レヴィに莫大な印税が転がり込むわけだ。

 これは、なかなかの妙案である。モリス・レヴィの目的は金。ジョン・レノンは「盗作問題」での裁判沙汰は避けたかったはずだ。その両者の目的をともに満たすアイデアだ。しかも、そのレコードが売れれば、双方にメリットがある。まさに、創造的な解決策だと言えるだろう。ちなみに、ジョン・レノンは『ロックンロール』で「ユー・キャント・キャッチ・ミー」をカバー。しかも、わざと「カム・トゥゲザー」に近い歌い方をしているのだから、面白い。

 このように、お互いの「真意」が明らかになれば、創造的な解決策が生み出される可能性がある。そして、「戦い」を回避することができるのだ。そのような可能性を念頭におきながら、交渉相手とのコミュニケーションを行うことを忘れてはならない。

ライアン・ゴールドスティン/クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン外国法事務弁護士事務所東京オフィス代表。カリフォルニア州弁護士

1971年シカゴ生まれ。1910年代に祖父がアメリカに移住した、ポーランドにルーツをもつユダヤ系移民。ダートマス大学在学中に日本に関心をもち、金沢にホームステイ。日本に惚れ込む。1993~95年、早稲田大学大学院に留学。98年、ハーバード法科大学院修了。ハーバードの成績トップ5%が選ばれる連邦判事補佐職「クラークシップ」に従事する。99年、アメリカの法律専門誌で「世界で最も恐れられる法律事務所」に選出された、クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン法律事務所(現)に入所。2005年に同事務所パートナーに就任。カリフォルニア州の40歳以下の優秀な弁護士に贈られる「Top20under40」を35歳で受賞する。専門は国際的ビジネス・知財訴訟、国際仲裁。「日本の味方になりたい」という願いを叶えるために、日米を行き来しながら一社ずつ日本企業のクライアントを増やし、2007年に東京オフィスの開設を実現。2010年に日本に常駐するとともに東京オフィス代表に就任した。これまで、NTTドコモ、三菱電機、東レ、丸紅、NEC、セイコーエプソン、リコー、キヤノン、ニコン、円谷プロなど、主に日本企業の代理人として活躍するほか、アップルvsサムスン訴訟など国際的に注目を集める訴訟を数多く担当。また、東京大学大学院法学政治学研究科・法学部非常勤講師、早稲田大学大学院、慶應義塾大学法科大学院、成蹊大学法科大学院、同志社大学法学部の客員講師などを歴任。日本経済新聞の「今年活躍した弁護士(2013年)」に選ばれたほか、CNNサタデーナイトのレギュラーコメンテーターも務めた。