小林:おそらくこれも、他者との関係に左右されているからだと思います。私が周囲からの評価を気にし過ぎているということは、『嫌われる勇気』を読んだときにわかりました。それまで人に好かれるために行動するのは当然いいことだと思っていたのが、「結局それは自分のため」とガツンと言われて、いかに自分が自己中なのかを思い知った。おそらく幸せになれるかどうかの問題も似たところがあって、子どものころから「麻耶ちゃんってかわいいよね」「頭もよくて先生に気に入られるよね」とかずーっと言われ続けて、そこから妬みによるいじめが始まることもあって、怖かった。だから先回りして自分のマイナスポイントを言って、「ダメな自分」を強調してバランスをとっているんだと思います。「私なんて結婚もできないし」とか言って。

岸見:それは、「私は幸せになってはいけない。その資格がない」という感覚ですか?

小林:そう!資格がないという言葉がぴったりです。このことについてずっと考えていて、行き当たった出来事があるんです。アドラーはトラウマの存在を否定しますが、私にとっては重要なことなので、あえて言わせてください。3歳のころ、妹を妊娠中の母親が私の目の前で大量出血をしたことがあるんです。そのとき、私は何もできず、ただ立ち尽くしていた。その記憶が強く残っていて、「私は目の前の母を助けることすらできない、役立たずの娘だ」「そんな人間が幸せになる資格なんてない」という思いに結びついている気がするんです。

岸見:もし、そのときに何か行動していれば、現在の自分は違った考え方ができたと思いますか。

小林:そう思います。私はあのとき、せめて声を出したかった。「大丈夫?」と母に言いたかったんです。

岸見:その能動的な働きかけこそが、「愛すること」です。そのときからいままで、小林さんは相手に能動的な働きかけをしてこなかったという思いがどこかにあって、だから幸せになる資格がないと感じているのかもしれません。逆にいうと、いまそれを自覚できたことで、これからどうするべきかという方向性が見えてきたのではないですか。

小林:そうなんです!まさに本の中で哲人が青年に投げかける「これからどうするか」という問いですね。私の課題は自ら人を信頼し、愛する勇気をもつことだと、シンプルに考えられるようになりました。

●美しい花を愛でるには水をやる責任を避けて通れない

古賀:アドラーが説く能動的な愛情は、男女の結婚に限ったことではありません。自己中の「わたし」だけの世界から、誰かと一緒に歩む「わたしたち」の世界に入っていくのは、別に男女間の愛情でなくてもいいものです。たとえば僕と岸見先生は、何年もかけて一緒に本を作ってきました。アドラー2部作は、先生の研究成果と僕の解釈が混ざった「わたしたちの本」というべきものです。この「わたしたち」で作ったという感覚は、とても心地がいいですよ。

小林:この本はお2人の子どものようなものなんですね。なんだか、うらやましい。

岸見:主語が「わたしたち」になると、そこには責任が生じます。たとえば、花を咲かせるためには、毎日水をやらなければいけません。いくら美しい花を眺めるのが好きだと言っても、水をやる責任を果たさなければ花は枯れてしまいます。2人が愛を結実させるために、共に責任を果たすのが、「わたしたち」の在り方。このあたりは、どうですか。

小林:愛の責任に自ら踏み出すというのは、とても難しいことだと思います。自立したうえで、誰かを全面的に信頼して一緒に責任を果たしていく……。そんなこと、いままでの人生で全くしてきませんでした。先生、どうすればいいんでしょう?

岸見:考え方を変えるのです。水をやるのは面倒でわずらわしいことではありません。2人の関係を良くするために必要なことで、そのための努力は苦痛ではなく、喜びであるはずです。

小林:ひえー!責任を果たすことすら、喜びになる……!

岸見:自分が相手のために水をやるのは損だという考えでは、だめなのです。損得ではない、愛の喜びがあるわけですから。もしあなたが水をやろうとしていたときに、たまたま相手が同じことを考えて水をあげてくれれば、それはそれで「ありがとう」と感謝すればいい。

小林:素敵ですね。でも、全く自信がありません。私には時間がかかりそう。

古賀:たとえば僕の場合、アドラー2部作を執筆し終えて、ようやく「犬を飼う勇気」が出ました。

小林:犬を飼う勇気(笑)?!

古賀:はい(笑)。今まで犬は大好きだったけど、きちんと世話をする自信がなくて、飼っても不幸にするだけだと思って避けていたんです。小学校のときに自分から言い出して飼った犬の世話ができなくて、結局母親が世話をしたという苦い思い出もあって。大人になってからも自分には無理だと思っていました。でも『幸せになる勇気』の執筆を終えて、今なら毎日散歩をして世話をして、犬を幸せにできるかもしれないと思えたんです。もうすぐ、飼い始めます。

小林:すごーい!古賀さん自身にも変化が起きたのですね。

古賀:現実に起きるのは、一足飛びの大変化ではない。もっと現実に即した、小さな変化の積み重ねだと思います。

岸見:そういう小さな変化を繰り返すことが大切なのです。小林さんも焦ることはないですよ。

小林:そうか、変化は徐々に訪れる。私も変われるのかな?