アベノミクスは金融緩和で、株高と円安をもたらした。だが、肝心の日本経済の真の底上げは進んでいない。先の図「主要国の実質GDP成長率の推移」のように、主要先進国の中で、日本が最も成長率が低い。実質GDP(国内総生産)成長率は米国が2%台、英独が1%台半ばから後半をキープしているのに対して、日本は0%台にすぎない。

 株高と円安は、輸出企業を中心とした大企業には収益拡大につながったが、賃金が期待ほどは伸びていないためだ。そのため、GDPの6割を占める個人消費も力強さがない。個人消費は14年4月の消費増税後、駆け込み需要が発生する前の13年1-3月期の314兆円を下回り続けている。

 そんな状況だからこそ、予定通りに消費増税を行えば、消費を冷え込ませ、景気がもっと悪化していたとの見方は根強くある。小売り関係者からは「再延期になってほっとした」(大手百貨店幹部)との声が多い。

 だが、消費増税再延期は危険な賭けといえる。日本の政府債務残高は対GDP比で約250%、企業でいえば売り上げの2.5倍が借金だ。消費税1%分は約2.8兆円の歳入に相当する。消費増税再延期によって、5.6兆円から軽減税率適用分(約1兆円)を差し引いた4.6兆円分の歳入減となる。

 増税分の一部は、社会保障の充実に使われる予定で、1.35兆円が見込まれている。安倍首相は、「税率を引き上げないため、同じことはできない」と述べているが、アナリストからは「社会保障費の削減は痛みを伴うため、充実分を削減せずに赤字国債を発行するのではないか」との声が出ている。日本銀行が金融緩和で国債を年間80兆円買い入れており、その政策は続くとみられるからだ。

 安倍首相は会見で「(20年度に基礎的な財政収支を黒字化する)財政健全化目標は堅持する」と発言した。19年10月という増税の時期も、そのためのぎりぎりのタイミングとした。

 だが、16年1月に出された内閣府の試算では、名目3%成長の経済再生ケースですら、基礎的財政収支は20年度には6.5兆円の赤字になると予想されている。黒字化の道筋にその手当てが示されていない上、財政政策は選挙対策として使われやすく、さらなる赤字拡大を招く。

 会見においても、「今こそ、アベノミクスのエンジンを最大限ふかす」と述べ、財政出動をアピールした。秋に、10兆円規模の補正予算が組まれる見通しだ。

 しかし、財政政策は一時的には効果があるにせよ、もはや従来型の公共事業やばらまき型では、日本経済の底上げにはつながらない。人口が減少し人手不足の環境下では、公共事業そのものが予定通りに進まない可能性すらある。需要不足でないところに、公共事業で無理に需要をつくれば、効果どころかひずみをもたらしかねない。

●財政悪化は明らか 企業の格付け低下で調達コストも上がる

 消費増税再延期発表の翌日、株価は政権の期待に反して前月比393円下落した。材料出尽くしによる利益確定売りともいえるが、むしろ中長期の日本経済の姿が見えないことに対する警告とも映る。

 一方、債券市場の金利は安定しているが、これは、日本銀行の国債買い入れやマイナス金利政策によって、金利を無理やり押さえ付けているためだ。

 格付け機関は、今のところ、日本国債への評価は変えていない。だが、財政赤字の拡大は無限に続けられるものではないし、日本銀行もいつまでも国債を買い続けるわけにはいかない。その限界がきたとき、日本国債の格付けが引き下げられる。国債の格付けは、その国の債券の最上位にくるため、国債が格下げになると、日本企業の社債の格付けも引き下げられて、日本企業の資金調達コストが上がる可能性がある。

 そうなれば、企業収益が悪化し、法人税の減少につながり、景気拡大で税収を増やすというアベノミクスのシナリオが狂うことになる。

 選挙対策のための増税延期がさらなる危機を招く……。そんな事態もあり得るだろう。