【下山進=2050年のメディア第27回】実は一年前に届いていた『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』34年目の真実
シベリアの収容所で一人寂しく果てた山本幡男(はたお)。その遺書を、収容所の仲間たちが、ソ連兵に見つかってとりあげられてもいいよう、分担して暗記する。山本が亡くなった2年半後の1957年1月半ば、そのうちの一人が大宮に住む山本の妻モジミのもとを訪ね、暗記した遺書の中身を謡うように伝える。以降も他の抑留者が次々に、母や子どもたち、そして妻への遺書を口頭で届ける。
週刊朝日
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