不登校気味の息子を抱える私のところに、なぜなのか、私立中学での講演依頼があった。しかも「道徳」の授業中に、話をしてほしいという。
 私はどちらかといえば不道徳な人間だと思うので、びっくりしたのだけれど、出版社で働きたいという学生が何人もいるので、実際のところを話してもらいたいとのこと。

 訪問した私立武蔵野中学は大変アットホームなところで、中学1年から3年、全部合わせても、70人ほどだという。息子が今通っている公立中は1000人以上の生徒が学校に詰まっているので、規模の違いにまず驚いた。彼らは少人数教育を受けたくて他県からも通ってくるという。

 講演時間は50分。普通の講演から比べると短めだけれど、中学生を相手にするとなると結構長い時間だ。何しろ私には中学3年の息子がいて、彼はろくに話を聞いてくれやしないからだ。私は彼らが飽きないよう、密かに作戦を練った。

 そして迎えた当日。生徒たちは想像以上にマジメで、私の「作家になりたくて中学生の時からノートにお話を書いていてねえ」などという話に、熱心にメモをとっているから驚いた。記録するほど立派なことなんて言っていないので、背中に冷たい汗が滲んだ。しどろもどろになりかけた私に、生徒たちも少しざわつき始めた。(あっ、今だ)と私は教壇の前へと歩み出た。
「みんな。このワンピース見て! いくらだと思う?」
 この瞬間のために着た、黒地にグリーンと白の大判の花柄がついている昭和風のものだ。
 中学生たちは、顔を上げてこちらを見てくれた。おそらく安いのだろうとわかるのか、口々に彼らは300円、500円、と当てようとしてくる。でも正解はいない。

 私はニヤニヤしながら、
「実はこれ、1円デース! オークションで安かったの!」
 と彼らに打ち明けた。
 場内がエーッ!? と湧き、ひとつになった。私も笑った。
 ありえない価格で気持ちをまたこちらに惹きつけながら、私はどうにか話を終えた。

 講演が終了したら何人かの生徒が「私も小説を書きたい」と言ってくれた。何よりも嬉しい感想だった。でもみんな、「ほんとに1円?」とワンピースのことが一番気になったらしかった......。

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