先日、珍しく酔っぱらってしまい、自転車の鍵をボーイズバーに忘れてきてしまった。
 私のものだと気づいて連絡をくれた男の子に、お礼にお食事でもと誘うと、
「食事よりホストクラブに連れていってもらいたい」
 と言う。

 男性は女性同伴でないとホストクラブに入れないので、社会見学したい同業者や現役大学生に「連れていって」と頼まれることがある。この金髪の彼は店名まで指定してきて、それは私の行ったことがない店だった。

「実は僕は、そこで2年前まで働いていたんだけど、身体がきつくて辞めてしまった。あれから皆がどうしているのか、すごく会いたいんです」

 待ち合わせの当日、店を早退してきた彼は白い半袖Tシャツ1枚で現れた。腕から黒い何かがはみ出していて、それは蔓(つる)のようなタトゥーだった。

「ハワイで入れてみた。入れた理由は、なんとなくカッコいいから」

 ホスト時代から入れていたが、当時はスーツを着ていて見えなかったので、女性客には気づかれていなかったという。

 彼は勤めていた店の場所を忘れかけていて、私たちは歌舞伎町のラブホテルの前を何軒か通り過ぎた。妙に胸がドキドキしてきたその時に、やっと「あった」と安堵したような声を彼が漏らし、急ぎ足で地下の店へと進んでいく。

 ちょうど店の外にお客様を送り出してきたホストが、彼を目にして「なんだお前久しぶりじゃないか」と目を細めた。そして運悪く店は営業終了時刻を迎えたところだった。

「今は、何やってんだ?」
「ボーイズバーにいるんです」
 彼は言葉少なにそう答えた。

Tシャツからタトゥーを見せているジーンズ姿の彼と、キリッと黒いスーツでキめている彼らとに、格好だけではない溝があることが、はたから見ていてもはっきりわかった。現役でなくなった彼はどこかスローな動作で気弱そうな瞳のまま、彼らに一礼をして店を去った。

「惜しかったね、また今度早めの時間に行ってみようか」
 そう声をかけた私に、
「いや、いいんです、もう」
 と彼は答えた。まるでホストの世界と決別したかのようなきっぱりとした声だった。

「今夜は飲みましょう」
 そういう彼に付き合い、私は新宿の外れのカフェバーで彼にカクテルを何杯か御馳走した。お会計はホストクラブよりもずっと安い7160円だった。バーを出た彼の表情はすがすがしくて、本当に綺麗だった。