息子から「旅行に行くので、ういろを預かって」と電話があった。
 名古屋の女の子だからと息子夫婦が命名した「ういろ」(写真)は、名前は和風だが、れっきとした洋犬のボーダーコリーである。
 5年ほど前、息子夫婦がペットショップで、大きくなってしまい、ケージから出されてセールの札を貼られたボーダーコリーと出会った。
「店を出ようとしたら、寂しそうに涙目で見つめるんだ。運命を感じてさあ」と息子は言った。そして、「30年来の夢がかなった」と付け加えた。
 私は、犬が大の苦手だった。息子が犬を飼いたいと言うたびに、「お母さんを取るか、犬を取るか」と、残酷な選択をせまり、息子はいつも犬をあきらめた。
 そんな私の犬への恐怖心も、ういろに会うごとに愛おしさに変わっていった。
 ういろは、大好物のサツマイモ味のパンを見ると、「お座り、伏せ、お手」と、できる限りの3つの芸を大急ぎでしてみせるが、声は上げない。「近所の迷惑になるから吠えないようにしつけている」のだそうだ。
 私がいつも行く花屋さんの犬は、客がいる間じゅう吠えている。花屋のご主人は「犬は吠えるのが仕事だでねえ」と言う。
 そんなういろも、バイクの音には過剰に反応する。興奮した様子で走り回るのだ。しかしそんな時も、もちろん吠えない。息子に「我慢できて、お利口だったね」と頭をなでられ、ちょっぴり誇らしげだ。
 ふと私は、本能のまま吠える犬と、吠えるのを我慢して褒められる犬と、どっちが幸せかなと思う。
 旅行から帰った息子が、もうじきういろを迎えに来る。ご主人様を見つけたら、ういろは跳びついて喜ぶだろう。やっぱりういろのほうが幸せだ。

(大原孝子さん 愛知県/64歳/主婦 )

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