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お茶の間に「日曜洋画劇場」があった時代

文・中島かずき

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「日曜洋画劇場」が、4月からなくなるんですね。
 正確には毎週のレギュラーではなくなり、バラエティなどもやる枠になり、映画を流すときだけは「日曜洋画劇場」の名前を残すということらしいですから、完全になくなるわけではないのでしょうが。

 でも、「土曜洋画劇場」として番組が始まった当初から記憶がある世代としてはやはり寂しいですね。
 解説者として番組の最初と最後に登場する淀川長治さんの名調子も、もう知らない世代がたくさんいるのでしょう。
 一番最初にこの枠で観た映画で記憶があるのは『大脱走』です。最後まで見ても怒られなかったので、小学校高学年だったかな。
 今でも好きな映画ベストテンを上げろと言われたら必ず上位に来る作品ですが、最初の出会いはテレビでした。
 当時は、ビデオもなければ、田舎なんで名画座なんてしゃれたものはない。観たい映画はテレビ放送にかかるのをじっと待つしかなかったのです。
 2週に分けて放映されたので、後編までの一週間が本当に待ち遠しかった。
 一時期、「日曜洋画劇場」で放送された作品を視聴者の人気投票で年間ベストテンを決めてアンコール放送するという企画が行われていました。
 ビリー・ワイルダーの『情婦』が、このベストテンでアンコール上映されたのを覚えています。初見ではラストの展開にびっくりしたので、もう一度じっくり見直せるのが嬉しかったな。
 
 もう一つ、「日曜洋画劇場」で印象深いのは、CMでした。
 洋画劇場というイメージからでしょうか。
 あの頃、まだ田舎の子供だった自分にとって、都会とか、大人の世界とか、ヨーロッパとか、とにかく、子供心にもかっこいいCMが多かった。
 『夜が来る』という小林亜星さんの名曲が流れるサントリー・オールド。リー・ヴァン・クリーフとか渋かった。
 世界の朝が点描されるネスカフェ。このCMでロバータ・フラックの『やさしく歌って』を覚えました。
 アラン・ドロンの「ダーバン・セ・レレガンス・ドゥ・ロム・モデルヌ」という言葉も印象深いダーバン。と、言っても当時は後半はよく聞き取れませんでしたが。それでも「なんか、フランス語かっこいい」というイメージだけははっきり与えてくれました。
 すきま風の入る、障子と襖で囲まれた六畳の茶の間で、こたつに入りながら、ここではない憧れのどこかを夢想していました。
 映画とCMも含めて日曜の夜の2時間は、そういう時間だったのですね。
 
 単純にアメリカやヨーロッパに憧れるというのは、戦後から高度経済成長時代くらいまでの世代の特徴かもしれません。
 僕自身、洋画のほうが邦画よりもかっこいいと漠然と思いこんでいた時代もありました。
 今、洋画の興行成績が低調です。
 テレビで映画を観なくても、好きなときにDVDなどで観ることができます。
 だから「日曜洋画劇場」がなくなるのもわかる。
 洋画ではなく邦画の方が人気があると聞くと、なんか日本人が保守化してるんじゃないかと、言いたくなる気持ちもあります。でも、それはこちらが幼い頃に英米文化こそ素晴らしいとすり込まれているからかもしれない。
 一概に非難するのもなんだか偏っている気がします。
 実際、僕も一生懸命「日曜洋画劇場」を観てたのは多分、高校くらいまででしたし。 
 だからせめて、日曜の夜、面白かった映画も終わり「あー、明日からまた学校だ」と憂鬱な気持ちになっているところに追い打ちをかけるように、重く悲壮なエンディング曲『ソー・イン・ラブ』で締めてくれたところも含めて、個人的な郷愁で消えゆく番組を送りたいと思います。


(更新 2013/3/21 )


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プロフィール

中島 かずき(なかしま・かずき)

 劇作家、脚本家。福岡県出身。1985年より劇団☆新感線の座付き作家に。「阿修羅城の瞳」「髑髏城の七人」などの物語性を重視したエンターテイメント時代活劇"いのうえ歌舞伎"を多く生み出す。「アテルイ」で第47回岸田國士戯曲賞受賞。コミック原作や、アニメ「天元突破グレンラガン」(07、09)脚本・シリーズ構成、「仮面ライダーフォーゼ」(11)メイン脚本など幅広く活躍。脚本を手がけた「真田十勇士」(演出:宮田慶子、主演:上川隆也)が8月から上演される

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