小学校高学年の頃でした。
 土曜の夜、この日だけは夜更かししても怒られることはない時間、いつものように『キイハンター』を観て、そのままぼんやりテレビをみていると、突然、若い女の子が、「私はこんなことしたくないんだけど、台本に書いてあるんで叩きます」とか言いながら、男達の頭をポンポンとひっぱたいていく。
 女の子は中山千夏。天才子役としてデビューし、歌手としてもヒットを飛ばしていましたし、子供達には『ひょっこりひょうたん島』の博士役の声優として有名でした。エッセイも書けばトーク番組にも出る。マルチタレントとして大人気な女性でした。
 叩かれた男達は、河原崎長一郎、浜田光夫、渡辺篤史、林隆三、佐々木剛。他に桑山正一や志村喬、子供心にもテレビで顔なじみの面々です。
 そのあと軽快な音楽のあとにタイトルバックが始まり、それがドラマの導入だということはわかったのですが、「一体何が始まるのだろう」とすごく驚いたことは今でもよく覚えています。
 それがドラマ『お荷物小荷物』との出会いでした。

 最初に度肝を抜かれたのですが、そのあとも驚きの連続でした。
 祖父、父、五人の息子達で構成された極めて封建的で男尊女卑な滝沢家にお手伝いとしてやってきた女性、田の中菊でしたが、実は彼女は沖縄出身。彼女の姉も以前滝沢家にお手伝いとしてきていて、そこで長男と恋に落ち妊娠するが、祖父と父は結婚を認めず、姉は沖縄に帰り子供を産むと死んでしまった。菊は,自分の正体を伏せて、滝沢家の男達を懐柔し、姉の子供を認知させようという設定のシニカルなコメディーです。
 脚本は佐々木守、プロデューサーはのちに『必殺シリーズ』を立ち上げる山内久司。
 放映は1970年の10月ですので、当時の僕は11歳。小学校五年生だったということです。
 まさにアメリカから返還寸前、いろいろと話題になっていた沖縄問題を根底に置いてはいるのですが、手法がとにかく斬新だった。
 冒頭もそうですが、ドラマの中の登場人物達が突然役者自身に戻り、ドラマの内容について意見を言ったり、田の中菊役の中山千夏が、スタッフにインタビューを始めたり。今でこそ、そういう手法もありますが、当時そんなドラマは観たことがありませんでした。 
 毎週、夢中で観ていたのですが、最終回は特にすごかった。突然戦争が始まり、滝沢家の兄弟も出兵し戦死する。その展開が気にくわない登場人物の一人が「もう一回最終回をやり直そう」と言ったとたん、オープニングが流れはじめ、最終回が最初から始まり直すのです。
 ほんとうにコロンブスが卵を立てまくっているようなドラマだったのです。
 
 個人的には『天下御免』と並んで、もう一度みたいドラマの筆頭に来る作品なのですが、この当時のドラマのご多分に漏れず映像が残っていない。
 どうやら最終回だけは横浜の放送ライブラリーで閲覧できるようなのですが、それも未見です。でも、子供の時に再放送も含めて二三回観ただけでも記憶にしっかり残るインパクトがあった。
 この作品は一般的にも大人気だったようで、そのあと『お荷物小荷物・カムイ編』というアイヌと北方領土をテーマにした続編も出来ました。
 作品に流れている強い時代性も含めて、昭和のドラマを語る上ではずしてはいけない傑作の一つだと思います。

 その『お荷物小荷物』ですが、待望のサウンドトラックCDが出ました。
「テレビドラマ『お荷物小荷物』音楽編」です。
 音源も残っていないという話だったので、半ば諦めていたのですが、最近になって朝日放送で『カムイ編』の音源が見つかったらしいのです。
 CDそのものは20分程度ですが、同梱のブックレットが素晴らしい。
 比重から考えれば、むしろCDブックとでも言った方がいいかもしれません。
 約60Pの中に、全話のストーリー紹介、中山千夏さんへのロングインタビューや、佐々木守さんの第一回のシナリオ等が掲載されています。構成・執筆は加藤義彦氏。
 実は彼とは双葉社時代、担当編集と著者という関係でいくつか仕事を一緒にさせてもらいました。
 TBSの美術部部長だった山田満郎さんの『8時だヨ!全員集合の作り方』の企画・構成や久世光彦さんへのインタビュー『「時間ですよ」を作った男』など、丁寧で粘り強い仕事ぶりはとても信頼できるものでした。
 今回の『「お荷物小荷物」音楽集編』も彼の執念が実ったものでしょう。
 残っている資料の少なさから、なかなか書籍にはなりにくい作品ですので、今のところ『お荷物小荷物』のまとまった資料としては、決定版になるのではないでしょうか。
 
 佐藤允彦氏の軽快なテーマソングを覚えている方も、昭和のドラマに興味のある方も是非聞いて、読んでみて下さい。
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