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二ヶ月半コツコツと綴った「ぼくとマンガ」

文・中島かずき

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 先日、知り合いの編集者と話をしていて、「今回の大震災では、いろんな人の地金が見えたね」という話になりました。
 冷静な判断ができると思っていた人が、自分だけがよければいいという意外な行動を取ったりしてショックだったというのです。
 それに、作家達が、のきなみ原稿が書けなかったとも。
「ああ、僕もそうでしたよ」とうなずきました。

 3月11日から一週間ほどは、テレビを見ているだけで一日が終わっていました。前に書きましたが、自分は物語に救われるタイプの人間なので、しんどいことがあっても、物語を書くという行為に逃げ込むことができると思っていました。
 それが、今回ばかりはできなかった。
 逃げ込もうにも、目の前で起きていることが大きすぎて、さすがにその時抱えている脚本を進めることができなかった。物語では歯が立たない現実があった。そんなことは初めてでした。
 過去形ではありません。今でもそれは進行している。
 ただ、時間が経ち、こちらもその事実に向かい合う覚悟と、慣れが出てきた。思考停止を促す慣れは怖いので、それに溺れてはいけないという自覚は持ちつつも、日々を生きて行くには、ある程度心に平穏を持たなければやっていけません。
 これまでの世界とは違うのだという自覚を持ちながら、それでも明日に希望を持つにはどうしたらいいかを探る日々になるのでしょう。

 と、またカタい話になってしまいました。
 今でも、フリーテーマのエッセイだと、ついついこういう話題になってしまう。
 仕方のないことだとは思います。
 でも、あの当時はこんなことも考えられなかった。どう書いていいのかわからなかった。
 それでも、〆切はやってくる。
 2月から西日本新聞で「ぼくをつくったマンガたち」というエッセイを連載していました。子供の頃から今まで、印象に残ったマンガを取り上げるというテーマです。
 月曜から金曜の、週に五回(途中で火曜から土曜になりましたが)で50回。ほぼ毎日の連載でした。その途中であの地震があった。
 正直、こんな時にのんきにマンガの話なんか書いていいのかという思いはありました。 担当にも相談しましたが、九州向けの地方新聞であることや、マンガを取り上げるというはっきりしたテーマで800字という短いエッセイであることで、ことさら地震関連について触れる必要はないだろうという判断をいただきました。
 これで楽になりました。
 ただ、マンガの事だけを書けばいいというのは、迷わずにすみます。思いっきり過去を振り返れました。
 最初はただの読者でしたが、大学で漫画研究会に入りオタクの走りとなり、就職してからは自分もマンガを作る立場になっていった。
 国友やすゆきさんや臼井儀人さんなど、自分が担当した作品を語るには全然文字数が足りなかった。
 特に石川賢さんの話になってからは、思っていた以上に語りたいことが多く、最初の予定をのばして、結局7回も書いてしまいました。
 マンガ作品を語るつもりが、思った以上に自分のことを振り返る連載になりました。不安な時期に、ある意味自分のルーツを探る作業をしていたことで、心が落ち着いた部分もあります。反省する部分も大いにある。
 二ヶ月半、楽しい仕事でした。フリーテーマのエッセイだったらこうはいかなかったでしょう。
 ただ、まだまだ書き足りないことはある。取り上げようと思っていた作品で、結局触れられなかったものもある。
 いずれ、また何かの折にこういう連載をやりたいものです。


(更新 2011/5/19 )


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中島 かずき(なかしま・かずき)

 劇作家、脚本家。福岡県出身。1985年より劇団☆新感線の座付き作家に。「阿修羅城の瞳」「髑髏城の七人」などの物語性を重視したエンターテイメント時代活劇"いのうえ歌舞伎"を多く生み出す。「アテルイ」で第47回岸田國士戯曲賞受賞。コミック原作や、アニメ「天元突破グレンラガン」(07、09)脚本・シリーズ構成、「仮面ライダーフォーゼ」(11)メイン脚本など幅広く活躍。脚本を手がけた「真田十勇士」(演出:宮田慶子、主演:上川隆也)が8月から上演される

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