さて、いよいよ今石監督と僕の舞台挨拶の日が来ました。
 その日の上映は、『天元突破グレンラガン』テレビシリーズの第一話です。
 今回の「MANGA IMPACT」という企画は「日本のアニメーションの多様性と複雑さを示す」というテーマで、日本で最初の長編カラーアニメ映画である『白蛇伝(はくじゃでん)』や白黒のテレビアニメ『どろろ』などの古い作品から、『劇場版グレンラガン』や押井守(おしいまもる)監督の『スカイ・クロラ』など去年から今年にかけて日本で上映された最新作まで幅広く取り上げています。
『グレンラガン』のテレビシリーズは『コードギアス・反逆のルルーシュ』の第一話とカップリングで上映されます。
 どうやら、この二つのテレビシリーズはイタリアでのテレビ放映とDVD発売が決まったようで、そのプロモーションも兼ねているのでしょう。
 
 会場は、ピアッザ・グランデのある中央広場から歩いて15分ほどの、ラ・サーラ。
500人ほどは入るかと思われるホールです。映画という完結した作品ではない、テレビシリーズの第一話だけを流してどれほどの人間が集まるのか、お客さんが4、5人しかいなかったらどうしようとはなはだ不安でした。
 
 会場では、通訳のSさんが待っていました。
 ジュネーブ在住の日本人女性です。でも、アニメのことは全然わからないし、舞台の上での通訳も初めてということで先に打合せをしましょうと、予定時間の30分ほど前に待ち合わせをしたのです。
 とりあえず日本語と英語がわかるということで引っ張り出されたらしい。人手不足なのでしょうね。いろんな国の人間が数多く来る国際映画祭では、起こりがちなことかもしれません。
 僕も、昔経験があります。
 もう20年以上前、第一回東京国際映画祭が開かれた時、雑誌編集部にいた僕は、何人かの外国からのゲストにインタビューしました。もちろんメインの映画ライターと通訳はいて、編集担当としてサポートしていただけなのですが、さすがにゲストの数が多いのか、通訳が足りない。英語の出来る人間をひっかき集めましたという感じで、ある時などは外語学校の生徒がやってきたことがあります。
 英語が得意でない僕も、何日も取材に同席していたために少しは英語に耳が慣れていた上に、映画の業界用語に関しては学生通訳よりもこちらのほうが詳しい。通訳が専門用語や人名を訳せなくて四苦八苦してる時に、ライターと僕が「いや、その辺はこっちでわかるから」と逆に助け船を出したりしました。

 アニメに疎いために不安げで申し訳なさそうなSさんの表情に、その時のことを思い出しました。
 しかもインタビュアーはイタリア語しか話せない。スタッフがブースのほうで英語に翻訳し、それをレシーバーで聞いたSさんが日本語に訳して僕らに説明するという極めてややこしいやり方なのです。
 初めて通訳する方にこれはかなり酷です。
「事情はわかりますから、言うことは先に決めておきましょう」
 舞台挨拶の内容を先に決めて混乱を少なくしようということです。
 上映前に僕らのほうからお客さんに見所や自分達の気持ちを語る形になると、Sさんから説明をうけます。だったらまず今石さんがお礼と映画祭に対する感想を述べ、僕がこの作品がイタリアでDVDになることや後日映画が上映されるので続きの話が気になる人はそっちを見て欲しいことを言おうなどと役割分担を決めて、本番を待ちました。

 ロカルノ国際映画祭全体の芸術担当ディレクター、フレデリック・メール氏が到着しました。彼が全体の進行を行うようです。
 客席に入り、開始を待ちます。
 お客さんもちらほらと入ってきて、全部で70?80人ほどはいたでしょうか。自分達が想像していたよりは入っています。ホッとしました。
 最初に、イタリア語圏での日本のロボット・アニメの紹介の歴史が語られます。マジンガーZとか聞き慣れた単語が出て来るので、大ざっぱには何を言ってるのか想像できます。
 そこで、今石さんと僕が呼ばれ、壇上に上がります。
 具体的に質問するインタビュアーはイタリアから来たLくんです。20代後半かな。いかにもアニメが好きそう。子供っぽい雰囲気を残した青年です。
  通訳のSさんとの打合せ通り、今石さんが挨拶しようとすると、いきなりLくんが質問を始めました。こちらの挨拶もなく、段取り無視でいきなり深い内容です。
「日本のロボットアニメの流れの中で、どういう狙いでこの作品を作ったのか」
「あれ? こっちから挨拶するんじゃないの?」とSさんに目で問うと彼女も戸惑っているよう。どうやら事前の段取りと違うようです。
 急に質問を振られた今石さんは戸惑いながらも答えます。
 Lくん、それなりに日本のロボットアニメには詳しいようですが、直接製作者に話が聞けるのが嬉しいのか、どんどん質問が脱線していきます。
「映画の第二弾は、完全新作という話だが、それは本当か」
 いや、Lくん、今日はテレビシリーズの上映だから。その質問、お客さんに作品を紹介するためのものじゃなくて、ただ君が聞きたいだけのことだろう。
 今石さんも困惑しながら話していく。Sさんは、それをなんとか伝えようと言葉を探していく。
 あきらかに進行がグダグダです。
 見かねたメール氏がLくんに注意したようです。
 細かいことを、しかも監督にばかり聞かないで、脚本家にも質問しろとでも言ったのでしょうか。Lくん、僕に対して初めての質問です。
「ガイナックスの脚本家の仕事ってなんですか?」
 Lくん、それ、大ざっぱすぎるよ。今まで『グレンラガン』の内容に細かく突っ込んだ質問してたのはなんだったの? 君はそんなに脚本家には興味がないの? 第一俺、ガイナックスの脚本家じゃないし。まあ、そんな細かいことを、スイスにまで来て言うつもりはないけどさ。Sさんにも迷惑かけたくないし、簡潔に答えるよ。
「えっと、監督がやりたいテーマをストーリーにしてシナリオ書くことです」
「そうですか、ありがとう」
 なんてグダグダな舞台挨拶だと、ガイナックスのスタッフ達も呆れていました。
 メール氏は、「申し訳なかった。だが、他にも上映があるのでこれで失礼するよ」と、バタバタと去っていきました。
 上映が始まったようで、舞台裏にも主題歌が聞こえてきます。
 が、始まったのは『コードギアス』です。
「『グレンラガン』じゃないんだ・・・」
 客席でどうなることかとハラハラしていた宣伝プロデューサーの真鍋さんが、呆れたように呟きました。
 確かに『コードギアス』と同時上映ですが、そちらのスタッフは誰も来ていません。僕らの挨拶のあとに『グレンラガン』が流れてそのあと『コードギアス』なのだろうと思っていたので、これもまた意外な展開。
 さすがヨーロッパ、大ざっぱな進行でした。
 日本じゃこんなことはまずないですね。そういう意味じゃ貴重な体験でした。
 
 翌日聞いた話では、「MANGA IMPACT」という企画は、若いプロデューサーが何人かでやっている初めての試み。映画祭の中心である大人達は、彼らのことをハラハラしながら見ているのだとか。
 出発ギリギリまでこちらが現地で何をするのか、イベントの連絡なども来ずやきもきしていました。61年も続いている歴史ある映画祭なのに、なんでこんなに進行がグダグダなんだろうと不思議だったのですが、これで腑に落ちました。
 ガイナックスからも、事務局に抗議を入れたらしく、Lくん、このあとかなり上に怒られたようです。
 まだ『劇場版グレンラガン』の上映が控えています。このあとはちゃんと「MANGA IMPACT」のメインプロデューサー自ら事前打合せに参加して、キッチリやるという返事が来て、険しかった真鍋さんの表情もやっと明るくなりました。