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巴里の空の下、腕ひしぎ十字固めが極まる

文・中島かずき

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少し前になりますが、レオナール・フジタ展に駆け込みで行ってきました。

フランスに帰化し洗礼を受けたので上記の名前ですが、日本名だと藤田嗣治(ふじたつぐはる)ですね。

晩年のアトリエの再現と、最後の仕事として情熱を傾けた礼拝堂が展示されていて、興味深かったです。

フランスの小村にある住居兼アトリエである"ラ・メゾン=アトリエ・フジタ"は、内装から調度品、食器に至るまで彼の手が加えられていました。皿の一枚一枚まで絵を描いていたりするので可愛いのですが、「そこまでやるんだ」という芸術家の執念みたいなものも感じられて、そのエネルギーにうたれました。

今回の目玉は縦横3メートルの群像大作、4点。80年ぶりに日本で公開される幻の作品です。

その中の一枚、『闘争』を見ていて、絵の評価とかそういうのとは全く違うことなのですが、個人的に妙に気になったことがありました。

『闘争』は無数の人間達が戦い合う様を描いた群像図です。

裸の男達が殴ったり蹴ったり組み合ったり女性を襲ったり、人間の根源的な暴力衝動が描かれています。

その戦っている人々の中に、腕ひしぎ十字固めを綺麗に決めている男がいるのですね。

ぼくらの世代だと、テレビ朝日の『ワールドプロレスリング』で、当時局アナだった古舘伊知郎(ふるたちいちろう)が「出たー、腕ひしぎ逆十字!」と叫んでいたのが印象的な、サブミッション(関節の極技)を代表する技です。

他の人間がもっとシンプルな攻撃方法なのに、なぜ一人だけ高度な関節技を? なぜ藤田嗣治が、こんな技を知っていた? 格闘技マニアだったのか、それとも絵のモデルが勝手にやったのか。いろいろ疑問が湧きます。

当時フランスで、腕ひしぎ十字固めは、普通に知られた技だったのでしょうか。1920年代のパリの格闘技事情が気になります。

藤田嗣治の絵を前にして、そんなことを考えている男もそうはいないでしょうが、気になるものは仕方ない。

フランスと言えば柔道大国です。その影響でしょうか。

そういえば『空手バカ一代』で、大山倍達(おおやま ますたつ)が渡仏した時も柔道ばかりが人気で空手は相手にされず、地下プロレスで戦ったエピソードがあったと思います。(昔の記憶なので曖昧ですが)

地下プロレスに入り浸る藤田嗣治などを想像するとちょっとわくわくしますが、しかし、『空手バカ一代』は第二次大戦後の話。時代も合わない上に梶原一騎(かじわら いっき)原作ですので、マンガとしては面白いが、どこまで事実かわからない。というか事実部分があるのかも怪しい。それに柔道がフランスに根付いたのも1930年代後半のようで、時間的にも誤差があります。

ですが、調べてみると柔道よりも前に柔術がフランスで人気だったことがあるようですね。

1905年、日本の柔術を習ったフランス人レ・ニエが、人気の拳闘家ジョルジュ・デュボアを足固めの後、腕をひねって勝ったという記事があります。

それだけではありません。

フランスを代表する怪盗アルセーヌ・ルパンも"腕ひしぎ"を使っていたのです。同じ頃に発表された『ルパンの脱獄』という作品の中で、宿敵ガニマール警部相手にこの技を仕掛けた描写があると紹介しているブログがありました。

『ルパンの脱獄』は、第一作品集『怪盗紳士ルパン』に収録されているので、今度確認してみます。

レオナール・フジタがアルセーヌ・ルパンにまでつながってしまいました。

まあ、ルパンが使っているくらいだから藤田も知っていてもおかしくなかろうという感じで自分を納得させたいと思います。

もっとも元々日本人なので、若い頃彼が柔道か何かで習って知っていた可能性も大いにあるのですがね。それじゃあんまりおもしろくない。パリの夜の腕ひしぎ十字固めの方がドラマティックじゃないですか。


(更新 2009/2/ 5 )


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プロフィール

中島 かずき(なかしま・かずき)

 劇作家、脚本家。福岡県出身。1985年より劇団☆新感線の座付き作家に。「阿修羅城の瞳」「髑髏城の七人」などの物語性を重視したエンターテイメント時代活劇"いのうえ歌舞伎"を多く生み出す。「アテルイ」で第47回岸田國士戯曲賞受賞。コミック原作や、アニメ「天元突破グレンラガン」(07、09)脚本・シリーズ構成、「仮面ライダーフォーゼ」(11)メイン脚本など幅広く活躍。脚本を手がけた「真田十勇士」(演出:宮田慶子、主演:上川隆也)が8月から上演される

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