「これからは通信の時代だ。君はソニーに来るな。起業をしなさい」

 通信を学んで起業家になろう、そう思っていた石田が通っていた高校は佐賀の私立進学校。「行くなら東京大学などの国立大。どうしても私大に行くなら早稲田。慶應ボーイなんてチャラチャラしている」という雰囲気があり、当初は石田も一橋大学を志望していたという。

 ところが、1990年にできたばかりの慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)のうわさを耳にして、いてもたってもいられなくなった。キャンパスは24時間開いていて、どこでもインターネットに接続できる。聞けば、「日本におけるインターネットの父」こと村井純もいるという。ここだ、と思った。

 93年に入学して村井の研究会(ゼミ)に所属したにもかかわらず、実は一度も出席しなかった。在学中に起業し、インターネットサービスプロバイダー(ISP)の立ち上げにかかわっていたからだ。「日本一のISPを作る代わりに単位をください」と村井に宣言し、約束通り、そのISPを顧客満足度ナンバーワンISPに育て上げた。

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村井さんが言ったこと