――新著『ぐっちーさん 日本経済ここだけの話』は、読者が自分のお金を「自己防衛」できるように書かれたそうですね。その意図するところは、どこにあるのでしょうか。

山口正洋氏(以下、山口) 日本の個人投資家は明らかに、情報弱者の立場に置かれています。企業のディスクロージャーひとつ取っても、アメリカなどとは大違いです。それなのに、投資を巡る諸制度は「自己責任」を前提に作られています。こういう状況では、自分で情報を取り、本当の経済状況を見抜いていくしかありません。
 だから本書では、そのヒントになるような情報、または経済指標の見方を中心に書いていこうと考えたわけです。このことは、アエラの連載を執筆する際にも心がけていますが、本書には特にそのような傾向が強く出ている回を選んで収録しています。

――日本の個人投資家が置かれている環境について、もう少し具体的に教えてください。

山口 アメリカで日本の投資信託に相当する商品を売る場合、まずファンドマネジャーが誰だか明らかになっていて、その人のトラックレコード(投資成績表)も開示されています。そして、手数料はほとんどがタダ。しかも、いつでも運用をやめられます。
 ところが日本では、どんな奴が運用しているかもわからない投資信託が売られ、手数料はバカ高い。そのうえ、投資家が「やめます」と言ってから数日後の時点の価格で運用損益が決まる。とんでもない話です。象徴的なのは海外の国債に投資をする「グローバル・ソブリン」のような不完全な投資信託ですが、そういう商品に何百億円と資金が集まってしまう。ある意味、本当に不思議な国になっているのです。

――そういう状況に対して日本のメディアは無力であると、ぐっちーさんはよく書かれています。

山口 日経新聞もそのほかの全国紙の経済面も、ほとんど同じことが書いてあります。財務省や大企業の言うことをうのみにして、そのまま記事にしているからです。しかも不勉強な記者も少なくないから、正確ではない分析記事が載ることもある。いわゆる記者クラブ制度の弊害が出ているのでしょう。読者がそういう情報を得ても、自己防衛の役に立たないことは明らかですよね。
 アメリカのメディアがすべて優れていると言うつもりはありません。でも少なくともニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ウォールストリート・ジャーナルなどの経済記事を読み比べていけば、皆それぞれの観点から分析を書いています。それだけ情報が多岐にわたっているということで、読者はそのぶん間違えるリスクを減らせるわけです。

――ぐっちーさんはアベノミクスを「蜃気楼」であると指摘されています。このアベノミクスについても、国民は正確に理解できていないと。

山口 なぜアベノミクスという蜃気楼に多くの国民がだまされているのか。そのメカニズムについては本書でしっかり書きました。本書を読めば、少なくとも株の短期売買はやめようと思うはずです(笑)。連載でも繰り返し書いていることですが、株というのは長期で保有するもの。いまの短期的な乱高下でもうかっただの損しただのと騒ぐのは、競馬をやっているのと同じことです。
 アベノミクスなんて存在しないと私は言っているわけです。いまの経済状況をしっかり見極めていただければ、それはわかるはずです。そして、そんな中でしっかりともうけているのは、証券会社だけ。証券会社の役員で報酬が1億円超えしている人がたくさん出てきている。多くの国民ばかりがバカを見ているのは、明らかですよね。

――株を長期保有していても、日本では配当が少なく、アメリカのようにメリットを享受しにくいという指摘もあります。

山口 安倍晋三首相がもし本当に日本経済のことを考えているのなら、「3本の矢」などと余計なことをするのではなく、まさにその点の改革に手をつけるべきです。株式の流動性や配当性向について何らかの指針が示せれば、「1人あたりの国民総所得を10年間で150万円増やす」などとおかしなことを言う必要もありません。もちろん日本の経営者の考え方を改める必要もあります。経営者にとって株価をあげることは最大の命題と言ってもいいのに、彼らは株価が変動するのは外部環境のせいだと思っている。これでは、日本の個人投資家の立場はますます危うくなるばかりです。

――足元の株式市場の乱高下については、日本のメディアは米国の金融緩和の減速のせいだと説明していますね。この論調も、やはり問題でしょうか。

山口 それも本当におかしい。米連邦準備制度理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長は、昨年秋からずっと金融緩和のイグジット(出口)について言及しています。そもそも、そんな環境の中で日本株の割安感に目が行き、東京市場は上昇したわけです。そしてこの6月、バーナンキ議長は失業率が7%近くまで下がれば、来年中ごろにも量的緩和を終了するという趣旨の発言しました。日本のメディアはこの発言をもって「金融緩和が縮小する」などと取り上げ、だから日本株が下がるのだと主張しました。
 しかし、失業率7%などという目標は、少なくとも年内には絶対に達成できません。つまり事実上、年内のイグジットはないと発言したようなものなのです。だから米国では、安心感が出ているくらいなのです。日本株が下がる理由には全くあたらないわけです。しかも日本のメディアは「アベノミクスのおかげで株価が上昇した」とさんざん持ち上げてきた。下がったら今度はアメリカのせいだという。もう支離滅裂ですよね(笑)。

――ではなぜ、いま株価が乱高下しているのでしょう。

山口 まず、そもそも日経平均株価で言えば1万2千円~1万3千くらいというのが、実力通りの水準だと考えています。そのうえで一日の取引のなかでも相場が乱高下している様子を見れば、これはコンピューターが自動的に売買を繰り返すアルゴリズムトレードの典型的なパターンであることがわかります。実態をともなう根拠は何もないまま、単に統計学的な傾向だけをつかんで行うトレードが盛んに行われているのです。
 その担い手はモルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスなど大手外資系証券。彼らは巨大なシステムを駆使して、アルゴリズムトレードを行っています。そしていったんそのアルゴリズムがはまれば、勝てる確率は高くなる。だから多くの機関投資家がアルゴリズムトレードを活発化させ、ますますそのために相場が動きやすくなります。要するに株式市場は壮大な装置産業になっているわけで、個人投資家はもちろん資本金が数百億円程度のヘッジファンドの動き程度では、びくともしないのです。

――そうなってくると、ますます自分の身は自分で守る必要が出てきます。情報を上手に取っていくことの重要性は高まりますね。

山口 その通りです。もちろん、株の話がすべてではありません。本書では、どこの国のどんな情報に注目すればいいのか、また日本経済の進むべき方向はどちらなのか、様々な観点から言及しています。さらに、私が取り組んできた岩手県紫波町の地域再生プロジェクトについて大幅に加筆をしていますが、その章では日本再生にむけた道筋を示したつもりです。
 ほかにも、私のモルガン・スタンレー時代の「不倶戴天の敵」榊原英資先生、慶應義塾大学の「ゼミの大先輩」池上彰さん、私にとっての「永遠のアイドル」押切もえさんとの対談も収録しており、本当に読み応え十分の仕上がりになっています。
 本書を手に取っていただいた皆さんがある程度の知識を身につけられ、これから歩く道を誤らない手助けできれば、こんなにうれしいことはありません。