<ライブレポート>ゴスペラーズ、フルオーケストラでの全国ツアーを完走 新たな可能性の始まり
<ライブレポート>ゴスペラーズ、フルオーケストラでの全国ツアーを完走 新たな可能性の始まり

 ゴスペラーズ初のフルオーケストラコンサート【The Gospellers Premium Symphonic Concert 2022】が、2022年11月15日東京文化会館を皮切りに全国5都市(6公演)で行われ、1月7日、振替となっていた福岡サンパレス公演でファイナルを迎え、完走した。その福岡公演と11月16日の東京公演を観たが、そこにはこれまで聴いたことがない、感じたことがない“響き”が生まれていた。

 それは、このコンサートの最初の「リハーサル」ともいえる、村上てつや、北山陽一、そして指揮・田中祐子の3人によるクローストークから始まっているが、そこで語られていた“合わせるということ”に対しての、ひとつの答え=“響き”だった。ゴスペラーズとオーケストラのアンサンブルではなく、それをブレンドし、全体でひとつのアンサンブルを作り上げるためには?というテーマと向き合ったコンサートだ。

 11月16日東京文化会館2daysの二日目。クラシックの殿堂にはオーケストラコンサートは初めて、というファンも多く駆け付け、開演前は客席に少し緊張感が漂っているようだった。総勢57名からなる東京フィル・ビルボードクラシックオーケストラがステージに並ぶとそれだけで壮観だ。指揮者・田中祐子が大きな拍手で迎えられ登場し、メンバーもステージ下手と上手でスタンバイ。一瞬の静寂の後、「Promise」「永遠(とわ)に」のメロディをモチーフにした「Overture」が始まった。オーケストラの迫力ある演奏が美しいメロディを奏でると、客席の緊張がほどけていく。マエストロのしなやかな手首の動きと、踊るようなパワフルな指揮に導かれて、オーケストラの力強くかつ繊細な音が会場の隅々にまで響き渡る。

 「Overture」の余韻が残る中、5人がステージ中央に立ち、間髪入れず村上が〈「愛してる」って最近言わなくなったのは本当にあなたを愛し始めたから〉と「ひとり」を歌い始め、コーラスとオーケストラの音が共に音を“紡いでいく”と、得も言われぬ感動が降ってくる。大サビでは弦がピチカートを刻み、優しく包み込んでくれるようで、いつもとは違うオーケストラアレンジで楽しませてくれ、村上のファルセットもより際立つ。続く、ホルストの「金星」をマッシュアップさせた「星屑の街」をはじめ、アカペラ曲をオーケストラが演奏することによって生まれる相乗効果を、最大限に感じることができる楽曲が並ぶ。ホルンとフルート、オーボエの美しい旋律の「金星」からの「星屑の街」は、5人それぞれの声が合わさるというよりも、交差することで光のようなものが発光し、それが“響き”になり、流れ星の儚さのような感覚を作り出している。この“感覚”をより掬ってくれるのが、オーケストラの音だった。

 「ミモザ」のサビでは、シンバルとティンパニの迫力の音と、黒沢の甘く、強いハイトーンボイスがひとつになって客席に向かってくる。イントロの哀愁漂うオーボエが印象的な「氷の花」も、それぞれの声とコーラスが、オーケストラの音のひとつになっている感覚を感じたはずだ。

 MCコーナーは、マエストロ田中祐子を交えての、クラシック初心者のためにミニクラシック講座だ。楽器紹介、音色の説明にとどまらずフレーズをパートごとに分解して、さらに内声部でのメロディの動きやその違いまでもを丁寧に説明。メンバーと田中の丁々発止のやりとりが楽しめるこのコーナーは、各地で大好評だった。指揮者がこんなに饒舌だったなんて、と意外に感じた人も多かったはずだ。

 しかしこれはメンバーの、お客さんにクラシックにより親しんで欲しいという思いだった。田中とインスタライヴをやるなど、とにかくコミュニケーションを重ねた北山は「マエストロの人間的な部分をステージであそこまで出す機会も普通はないと思う。マエストロも楽団の方も、普段格調高いステージをやっている人が、オフステージでも格調高く生きているかというと、そういうわけではなく、我々と近いところで生活し、生きているんだということが少しでも伝わって、知ってもらった方が、その時奏でている音楽のリアリティが伝わると思う」と、このコーナーの大切さを語ってくれた。

 実際にこのコンサートで田中の存在を知り、その後、田中が指揮をするオーケストラのコンサートに駆け付けたコスペラーズファンも少なくない。ちなみに今回のコンサートをきっかけにマエストロは、メンバー、ファンの間では“ゆうこりん”と呼ばれ、アイドル的存在の偉大なマエストロとして愛されている。

 ドビュッシーの「月の光」をマッシュアップさせた「月光」は北山のリードで始まり、「月の光」のフレーズが織り込まれ、安岡にバトンが渡されるように繋がっていく。オーケストラアレンジの“情緒”がどの曲にも感じられ、様々な角度から光が当てられているようで、その表情が豊かになる。1部ラストは「約束の季節」。原曲が打ち込みメインのミディアムナンバーで、この曲もオーケストラアレンジの魔法が振りかけられたようなサウンドになっていた。特に弦楽器のメロディへの寄り添い方が、いつもと違う「約束の季節」を演出していた。

 第2部はオーケストラの演奏で、ロッシーニの歌劇『ウィリアム・テル』序曲より「スイス軍の行進」。その躍動感たるや、という感じの圧巻の演奏に引き込まれる。(注釈:札幌、名古屋公演は、モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』序曲を演奏)ファレル・ウィリアムスのカバー「Happy」はメンバーからの「管楽器と打楽器メインのアレンジで」というリクエストで弦楽器隊は手拍子で参加。コンサート前のクロストークでも、MCでも田中が「5人がオーケストラそのもの」とゴスペラーズのことを評していたが、一人ひとり全く違う個性が際立っている歌と、カラフルなコーラスが楽器となって、管楽器と融合して新しい世界観を構築していた。客席の手拍子も楽器となって曲を盛り上げていた。一転、サイモン&ガーファンクル「明日に架ける橋」は感動的な旋律が胸に迫るものがあった。北山の高音が響き、今この歌を歌う意味を伝える。この曲は元々、苦境に立たされた友人を見守り、その支えになり常に味方でいようという励ましソング。しかしそれぞれの時代時代で、この曲の音楽としての価値観を生み出し、歌い続けられているスタンダードナンバーだ。

 そしてこのコンサートの「北山場」(北山と山場をかけて)と語る「展覧会のゴスペラーズ」は、ムソルグスキー作曲の「展覧会の絵」をモチーフにして、「絵」をゴスペラーズの「曲」に置き換えるという北山の“発案”でもある。“ゴスペラーズ美術館”で開催されている絵の展覧会を訪れている気分で、散歩(プロムナード)をしているような雰囲気を感じて欲しいので「拍手はラストまでしないでください」と演出を丁寧に説明。プロムナードからダイナミックに「あたらしい世界」を披露。そしてプロムナードから「永遠(とわ)に」。おなじみの曲達がいつもとは違う色合いで、絵を見た時のように、その構図と色から感じる豊かな波動を放っているようだった。そしてプロムナードから、対旋律が美しい「宇宙へ~Reach for the sky~」を披露。酒井の高音ロングトーンが響き渡り、オーケストラの演奏もさらに熱気を帯び、壮大な宇宙空間にいるような感覚になる。

 ゴスペラーズの歴史もきちんと辿りながら美術館を巡る構成。そしてプロムナードから、オーケストラによる「キエフの大門」は繊細かつ強力な圧を放つ演奏が肚の底に響いてくる。シンバルの美しくダイナミックな音が、遠くの戦地へ届けとばかりに空気を震わせる。その胸を打つ圧巻の演奏に、涙を流している人もいた。

 「このオーケストラと共に日本中の街角に音楽を届けられたら幸せ」(村上)と2部ラストの「街角 - on the corner -」へ。フルートがイントロを奏で、元々オーケストラアレンジだったようなフィット感だ。村上の声のみで終わり、その残響と客席からの大きな拍手とが溶け合い、本編が終了。

 アンコールは誰もがこの曲をオーケストラで!?と思ったはずの、どこまでも飛んで行きそうな浮遊感が印象的な「Fly me to the disco ball」だ。オーケストラアレンジになるとさらに高く舞い上がれそうな、壮大でキラキラしたアレンジで、客席も総立ちで手拍子しながら歌とサウンドに心を委ねる。オーケストラサウンドを、立って楽しむことができる素晴らしい空間と時間。メンバーも全身で音を感じ、手拍子を浴び、マエストロもノリノリで指揮をしている。まさに大団円という言葉がピッタリの感動的な締めくくりだった。

 ファイナルの福岡公演では、全ての公演を終えたメンバーとマエストロが、それぞれの思いを言葉にした。「コロナの悔しさが晴れる素晴らしいコンサートになった」(酒井)、「まだまだ歌い足りない!」(黒沢)、「知らなかったことをたくさん学んだツアーだった」(村上)、「素敵な出会いに感謝」(安岡)、「得難い喜びと学びがあったツアーだった。終わりではなく始まったような気持ち」(北山)、そして田中は感極まった様子で「5人のことを心の底から愛している」と、お互いがリスペクトし合うことでしか成立しない今回のコンサートで、大きな何かを掴んだようで、その清々しい表情が印象的だった。村上の「ビルボードクラシックス ゴスペラーズ プレミアムシンフォニックコンサート、2022から2023、これにて千秋楽」という言葉通り、ハプニングがあり年を越しながらも無事完走できた歓びを、客席とステージ上の全員で分かち合った。

 今回のコンサートは最初に北山が「クラシックでもポップスでもなくて、両方の人達がそのフィールドから出てきて、新しいフィールドを開拓していくという方向性でやるべき。どちらかがどちらかの“領域”にお邪魔して、それを“赦す”のではなく、新しいものを作るということが見えてきたと思う」と語ってくれたように、チャレンジだった。楽器によっても出音のスピードが違い、ビートの強さも変わってくる。さらに5人それぞれの個性的な声とコーラスが加わり、歌詞が持つリズムもあり、それが歌になる。全てアプローチの仕方が違うものがステージ上でいかにブレンドし、響き合うのか――それがカギだった。田中祐子というマエストロ=“媒体”を中心に、全国で5つのオーケストラと“響き”を楽しむことがこのコンサートの醍醐味だ。そのため北山はオーケストラリハーサルに全て立ち合い、自分の言葉で曲の意味や目指すものを楽団員に懇切丁寧に伝えた。

 「今回『星屑の街』とか『月光』にクラシック曲をブレンドしているし、『展覧会のゴスペラーズ』はなぜあのようなことをやるのか、日々クラシック音楽と真剣に向き合っている楽団員の方に、その真意と意図を説明するのが筋だと思いました。時間がない中最小限のやり取りでこちらの意図を汲んでくださり、改めて皆さんがシビアな世界でやってきているんだと実感しました。直接楽団員の方に伝えることを許してくださったマエストロに感謝です」。

 田中もそんな北山の音楽と真摯に向き合う姿、少しでも良くするためには、と追求し続けるメンバーの姿に感動していた。田中はSNSで「やってもやっても新しい発見がある」と発信し、様々な“気づき”と、5人と一緒に音楽を奏でられる歓びとを感じていた。それは5人も同じだ。「コンサートが始まって、お客さんの前で演奏すると、アレンジを設計した時には気づかなかった意味に気づくことがある。6公演やってみて、5人とオーケストラの皆さんがお互いにリズムを聴き合って、どこに“その音楽”があるんだろうって、対等に探り合うというのは、もちろんマエストロを水先案内として繋がっていくということですが、そこには学びがたくさんありました」(北山)。

 この大きな感動を作り出したゴスペラーズとマエストロ田中祐子が再び手を組み、今回のコンサートで掴んだ“何か”をさらに進化させ、聴く人の心を揺さぶる新しい音楽を聴かせて欲しいと、最終地・福岡サンパレスで、全ての演奏が終わり、その“響き”の余韻が残る客席で、素直に思った。そして北山の言葉通り、もう「始まっている」と実感した。

Text:田中久勝

◎公演情報 ※全公演終演
【The Gospellers Premium Symphonic Concert 2022】
2022年11月15日(火) 東京・東京文化会館 大ホール
2022年11月16日(水) 東京・東京文化会館 大ホール
2022年11月19日(土) 北海道・札幌文化芸術劇場 hitaru
2022年12月4日(日) 愛知・愛知県芸術劇場 大ホール
2022年12月15日(木) 兵庫・兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール(2022年11月25日の振替公演)
2023年1月7日(土) 福岡・福岡サンパレス ホテル&ホール
(2022年11月23日の振替公演)

出演:ゴスペラーズ(北山陽一、黒沢 薫、酒井雄二、村上てつや、安岡 優)
指揮:田中祐子
管弦楽:
【東京】東京フィル・ビルボードクラシックスオーケストラ
【札幌】ビルボードクラシックスオーケストラ with SORA
【名古屋】セントラル愛知交響楽団
【西宮】中部フィルハーモニー交響楽団
【福岡】京都フィル・ビルボードクラシックスオーケストラ

編曲監修:山下康介 
編曲:山下康介、萩森英明、友野美里