『Multitude』ストロマエ(Album Review)

2022/03/07 18:52

『Multitude』ストロマエ(Album Review)
『Multitude』ストロマエ(Album Review)


 1985年生まれ、ベルギー・ブリュッセル出身。本名をポール・ヴァン・ハバーといい、シンガー・ソングライター/プロデューサーのみならず、作家、デザイナー、ディレクターなど様々なシーンでその個性と才能を発揮している。
 2009年にリリースしたシングル「Alors on danse」は、自身もファンだと公言しているカニエ・ウェストが参加したこともあり、本国ベルギーをはじめとしたヨーロッパの主要各国で1位を獲得。同曲を収録したデビュー・アルバム『Cheese』(2010年)もベルギーのアルバム・チャートで首位に、ドイツやフランスでもTOP10入りを果たす大ヒットとなった。
 デビュー作の成功を受け、2013年には「Papaoutai」~「Formidable」の2曲が、翌14年には「Tous les memes」がベルギーで3曲連続で1位を獲得し、最高2位を記録した「Ta fete」の4大ヒットを含む2ndアルバム『Racine carree』(2013年)も、2作連続でベルギー・アルバム・チャートを制した。その他、イタリアやオランダ、フランスなど6か国で1位に輝き、フランスでは200万枚以上のセールスを記録している。
 本作『Multitude』は、その『Racine carree』から約8年半を経てリリースされた3作目のアルバム。昨年10月には、2018年の「Defiler」以来約3年ぶりのシングル「Sante」を発表し、フランスで3位、ベルギーでは前述の「Tous les memes」以来約7年ぶりの首位を獲得。まさに「華々しい復帰」を果たしたのも記憶に新しい。
 フランス語で「健康」を意味する「Sante」は、英語の「Cheers」と同じく乾杯の際に使用される掛け声としても使われていて、同曲ではパーティーをしている人達の傍らで一生懸命働く人たちへ「低賃金で長時間働く彼らに乾杯」という、理不尽な社会に対する皮肉を込めたメッセージが綴られている。おそらく、今回のパンデミックを経て多くの人が感じた“代弁”的なものだろう。
 歌詞にはそういった複雑な想いが込められているが、サウンドは「乾杯」に直結する陽気なラテン・ダンスで、リズムに効果をもたらす絶妙な“ズレ”や、ラップを絡めた巻き舌のボーカル・ワークなど、ストロマエらしい工夫が施されている。Jaroslav MoravecとLuc Van Haverが監督を務めたミュージック・ビデオも、コロナ禍でキツい労働を続ける漁師や客室乗務員、医療従事者たちが“その日常”から現実逃避すべく様子が、ダンスを通じて描かれた。ジェシー・マッカートニーによるダンスをはじめ、TikTokでバズったこともヒットした大きな要因。
 「Sante」続き、今年の1月には2曲目のリード・トラック「L'enfer」を発表。スイス(3位)やオランダ(8位)でTOP10入りし、ベルギーとフランスでは1位を獲得した。「地獄」を意味するその内容は、うつ病や孤独感、それによる希死念慮・自殺念慮についてで、歌詞の重々しさが物悲しい旋律や揺れ動く電子音、祈りにも呻きにも聴こえる不気味なコーラスに反映している。アルバムの完成までに時間を要したのは、薬物中毒~肉体的及び精神的な問題が大きかったようで、真実と直結するかは定かでないものの、同曲ではそういったニュアンスが語られている模様。
 ゴージャスなコーラスと煌びやかなシンセに囲まれた「Invaincu」でも、オープニングからエンディングのような壮大さを醸すアフロビートに乗せて「生きている限りは無敗だ」と半ば強引に“前向きさ”を歌っていたり、弦と笛、ドラムの奏がアフリカン・ミュージック風の 「La solassitude」では孤独を、情熱的というよりは感情的という表現がフィットする「Mauvaise journee」では落胆する出来事を取り上げていたり、明るい音と暗い歌詞を組み合わせて新鮮なものを作り出す、ストロマエならではの手法が満載。サウンドのみならず、ラップもファルセットも自在に熟すストロマエのボーカルそのものが、ストーリーテラーとしての役割、人間や社会の内部を掘り下げた曲のもつ本質を高めている。
 父親になった心境を取り上げた仮面舞踏会風の「Fils de joie」や、スパニッシュ・ギターの演奏がエキゾチックなダンスホール「C'est que du bonheur」、「笑い」を意味する美しいメロディ・ラインのミディアム「Riez」、全体的に柔らかくリラックスした雰囲気の「愛」を歌ったチルアウト・ソング「Mon amour」、バラバラに飛び交う電子音に掴みどころのないリズム、音域の広さを活かしたレゲトン風味の「Declaration」など、ストロマエのアプローチは豊かで遊び心がある。中でも最終曲「Bonne journee」はマイナー調のメロディ・ラインが本作一優れていて、トラップとレゲエを融合させたサウンド・プロダクションで「良き一日」を見事に表現した。
 うつ病、現代社会に生きる苦しみ、ハッピーとは縁遠い恋愛事情や家族の問題など、強烈なメッセージによって構築されたストロマエの物語。前述の『Cheese』や『Racine carree』にもそういった要素がなかったとはいえないが、その悲痛さや訴えたい想いの強さは、より増したように思える。それは自身が抱える問題や時代のせいもあるが、前作までと違う「父親になった」という変化も大きい。もちろんネガティブな意味ではなく、息子への愛情を要約したとも捉えられるもので、深い。音に関しては、爽快なダンス・トラックからクラシカルな雰囲気まで、基盤は崩さずもより多様でエキサイティング。休止期間中にどれほど豊かになったかを十二分に示している。
Text: 本家 一成

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