『ヴォヤージ』ABBA(Album Review)
『ヴォヤージ』ABBA(Album Review)

 「もうオリジナル・アルバムのリリースはないだろう」と半ば諦めていたABBAファンは少なくないだろう。まさか、40年の時を経て新作完成のニュースが届くとはファンでなくとも驚かされる。

 結成は50年以上前に遡り、1972年に「ピープル・ニード・ラヴ」でデビュー。翌73年にリリースした3rdシングル「リング・リング」がUKシングル・チャートで32位に初ランクインを果たし、本国スウェーデンではNo.1に輝いた。同曲が収録されたデビュー・アルバム『リング・リング 木枯しの少女』も処女作ながらスウェーデンで2位にランクインし、その勢いを引き継いで74年にABBAとして発表した「恋のウォータールー」で大ブレイク。本国では2位どまりだったが、イギリスをはじめとしたヨーロッパの主要国で1位を獲得し、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”でも6位に、初のランクインにしてTOP10入りを果たした。

 以降の活躍は目覚ましく、2作目の同名アルバム『恋のウォータールー』(1974年)がアルバム・チャートとしてはスウェーデンで初めて首位を獲得し、翌75年に発表した3rdアルバム『アバ』からは、キャリアを代表する「S.O.S.」や「マンマ・ミーア」などのヒット曲が輩出された。アルバムは本国で2作連続、その他オーストラリアやノルウェーでも1位を獲得している。1976年は、イギリスで3曲目の首位に輝いた「悲しきフェルナンド」、そして米Hot 100チャートで初のNo.1に輝いた「ダンシング・クイーン」が大ヒットし、同曲や「ギミー・ギミー・ギミー」、「ノウイング・ミー、ノウイング・ユー」を収録した4thアルバム『アライヴァル』(1977年)もイギリスで1位、アメリカで20位、そして日本でも3位にランクインする“世界的”ヒットとなった。

 翌78年発表の5thアルバム『ジ・アルバム』からは「きらめきの序曲」や「テイク・ア・チャンス」がヒットし、ベニーとフリーダの結婚も話題を呼んだ。彼らの勢いはとどまらず、79年の6thアルバム『ヴーレ・ヴー』からは「ダズ・ユア・マザー・ノウ」や「チキチータ」といった日本でも知名度の高いヒットが生まれ、ベスト盤『グレイテスト・ヒッツ Vol.2』(1979年)、7thアルバム『スーパー・トゥルーパー』(1980年)の2作もイギリスで首位を獲得した。80年には初の来日公演も行なわれ、同年の年間アルバム・チャートでは前述の『グレイテスト・ヒッツ Vol.2』3位にランクインする洋楽作品としては異例の快挙を達成したが、81年にベニーとフリーダが離婚し、同年発表の8thアルバム『ザ・ヴィジターズ』、そして82年にリリースしたいくつかのシングルを最後に実質解散状態となった。

 本作『ヴォヤージ』は、その『ザ・ヴィジターズ』から40年ぶり、正式なスタジオ・アルバムとしては9枚目の作品。本来、40年もブランクがあると“その時代”に精通していない世代にとっては他人事だが、ABBAの場合、90年代に映画『ミュリエルの結婚』(1994年)や『プリシラ』(1994年)の劇中歌として使用されたり、99年にミュージカルで、そして2008年に映画化された『マンマ・ミーア!』のモンスター・ヒットで若年層にも人気を博し、2010年代には初年度に【ロックの殿堂】入りを、15年には「ダンシング・クイーン」が【グラミー賞】の殿堂入りを果たしたりと、常に話題に事欠かない存在だった。20年代に入ってからも、TikTokのコンテンツで若者に楽曲が使用され、活動を停止していた間にも幅広い層で多くのファンを獲得している。よって、本作は世代や国を超えたまさに“待望の”新作ということだ。

 アルバムは、9月にリリースした先行シングル「アイ・スティル・ハヴ・フェイス・イン・ユー」で幕を開ける。この曲は、再会をテーマにしたゴージャスなパワー・バラードで、静かなイントロ、「恋のウォータールー」を彷彿させるハーモニー、壮大なクライマックスへ繋げるドラマティックな展開はまさに「復活」を予兆させる。楽曲やボーカルのクオリティはもちろん、本国スウェーデンでは2位、その他スイスやニュージーランドでもTOP10入りし、彼らの人気・支持者が今も健在であることを証明した。

 2曲目の「ホエン・ユー・ダンスト・ウィズ・ミー」は、「チキチータ」タイプのアイルランド流のフォーク・ポップ。古典的なカントリーの要素もあり、エレクトロを交えた現代風の感覚もたのしめる。7曲目の「アイ・キャン・ビー・ザット・ウーマン」も、ロマンチックな愛の情事を歌ったタミー・ワイネット風のカントリー・バラードで、当時では醸せなかった諭すような説得力あるボーカルも聴きどころ。

 バラードでは、子供たちの無垢なコーラスと美しく成熟した声が心に響く3曲目の「リトル・シングス」も“北欧”らしい傑作。きらきら星のようなメロディ・ライン、メルヘンチックなサウンド&歌詞はいずれもこれから迎えるホリデー・シーズンを意識した作りで、本作にはその他にもハッピーな気持ちを演出する軽快なポップ・ソング「ジャスト・ア・ノーション」や、寒空に合う教会音楽風のミディアム・バラード「バンブルビー」など、クリスマスに映える曲がいくつか散りばめられている。「ジャスト・ア・ノーション」は1978年のデモ音源をリサイクルした曲で、ベニー・アンダーソンのゴージャスなピアノやホーンを強要した70年代らしい演奏スタイルに仕上った。「バンブルビー」は、「悲しきフェルナンド」を彷彿させるフォルクローレっぽい雰囲気がいい。

 一方、クレジットを見ずともABBAだと即決できる4曲目の「ドント・シャット・ミー・ダウン」や、ストリングスと力強いボーカル、迫りくるビートがスリリングな7曲目の「キープ・アン・アイ・オン・ダン」など、彼らの代名詞であるディスコ・ソングもあり、タイム・カプセルのような充実感がある。「キープ・アン・アイ・オン・ダン」は、ベニーとフリーダの離婚後を連想させるフレーズ、「S.O.S.」を起用したサウンド・プロダクションもあり、往年のファンは色んな意味で感情が高ぶる……のでは?

 アップでは、年齢を感じさせないパワー漲る「ノー・ダウト・アバウト・イット」も、クラシック・ナンバーを定義したABBAらしい良曲で、ミュージカルの華やかなステージが目に浮かぶ。そして最終曲「オード・トゥ・フリーダム」では、持ち味であるコーラス・ワークとクラシックにも通ずる壮大なオーケストラで魅了し、懐かしい航海の旅は終着した。

 悪い言い方をすれば「変わり映えのない」という見方もあるが、そもそもトレンドには執着せず、新しいサウンドを取り入れる努力もしなかったとメンバーは公言している。世界中で多くのフォロワーをもつ彼らの“40年ぶりの新作”ということで賛否もあるだろうが、「ファンにとって安心して聴けるアルバムを作った」というコンセプトからすれば文句なしの傑作といえるだろう。長い時間をかけて練り込み、メンバーの関係性を修復し、収益重視ではなく本物の作品を完成させたグループの拘りもしっかり貫いている。

 日本独自企画盤には、前述のヒット曲を網羅したベスト盤『アバ・ゴールド』を2枚目に収録。本作は、1992年にリリースして以降世界各国でロング・ヒットを記録し、全米で100週以降、全英では1,000週チャートインした初のアルバムに認定されるなど、数々の記録を樹立。日本でも、洋楽アルバムとしては異例のミリオンセラーとなった。40年ぶりのニュー・アルバム『ヴォヤージ』と過去のヒット曲を総ざらいしてみると、また違う発見があるかもしれない。

Text: 本家 一成