『The Melodic Blue』ベイビー・キーム(Album Review)

2021/09/17 18:13

『The Melodic Blue』ベイビー・キーム(Album Review)
『The Melodic Blue』ベイビー・キーム(Album Review)


 米カリフォルニア州出身。翌10月に21歳のバースデーを迎える2000年生まれの新星ラッパー、ベイビー・キーム。従兄が“あの”ケンドリック・ラマーということで注目を集め、いくつかの功績を残してきた。
 2017年に本名のハイキーム・カーター名義でEP『Oct』をリリースし、翌2018年には『Midnight』、『No Name』、『Hearts & Darts』のEP3作と初のミックステープ『The Sound of Bad Habit』を発表。2019年にリリースした2作目のミックステープ『Die for My Bitch』から「Orange Soda」が米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で98位に初のランクインを果たし、R&B/ヒップホップ・ソング・チャートでは47位を記録した。
 ケンドリック・ラマーによるインスパイアード・アルバム『ブラックパンサー:ザ・アルバム』(2018年)収録の「Redemption」や、『ライオン・キング:ザ・ギフト』(2019年)に提供したビヨンセ&ラマーのコラボレーション「Nile」など、ソングライターとしても活躍。昨2020年にリリースしたシングル「Hooligan」~「Sons&Critics Freestyle」はヒットに至らなかったものの、ヒップホップ・フォロワーからの評価は上々だった。
 メキメキと実力をつけて今年の4月に発表した「Durag Activity」は、 Hot 100で85位、R&B/ヒップホップ・ソング・チャートでは38位に最高位を更新した。さらに、前月にリリースした「Family Ties」では両チャート18位、8位にそれぞれTOP20/TOP10入りし、トップ・アーティストの仲間入りを果たしている。
 本作『The Melodic Blue』は、そのヒット・シングル2曲を含むベイビー・キームのデビュー・スタジオ・アルバム。発売元は昨年3月にケンドリック・ラマーとプロデューサーのデイブ・フリーが設立した<pgLang>からで、同レーベルからリリースされる記念すべき初のアルバムとなる。
 先行シングル「Family Ties」は、そのケンドリック・ラマーがゲストとして参加した気合い十二分の傑作。悲惨な生い立ちから成功までの過程、人気アーティストとしての懸念やそういった雑念に流されない強さや、昨年全米を揺るがせたジョージ・フロイドの事件やBlack Lives Matterにも触れたリリックに胸打たれる。また、その情景を描いたミュージック・ビデオもギャングらしい良作だった。
 ケンドリック・ラマーがフィーチャーされたもう一曲の「Range Brothers」も、過去から現在までのサクセス・ストーリーを画いている。ゴキブリだらけの家、薬物中毒の母……その壮絶な過去たるや、映画のような情景に曲ながらヒヤヒヤさせられる場面も。壮大な弦楽奏を備えたヘヴィ級のヒップホップ・トラック、血筋を感じさせる両者のラップ・スタイルもすばらしい。ケンドリック・ラマーは、オッド・フューチャー~タイラー・ザ・クリエイターを彷彿させるラップ・ロックにクロスオーバーした「Vent」にも、クレジットはないが参加している。
 もう一曲のシングル「Durag Activity」は、トラヴィス・スコットがゲストとして参加した直系の南部ヒップホップ。金や女、支配力を示したラッパーらしいリリックと、レトロな画質に仕上げたストーリー性のあるミュージック・ビデオも良い出来で、チャートで功績を残したのも納得できる。トラヴィス・スコットとは、本作の発売2週前にサプライズ・リリースされたカニエ・ウェストの『Donda』でもの「Praise God」という曲で共演し、アルバムのプロモーションに繋げた。わずか1分のパフォーマンスながら「Praise God」で示した存在感は見事で、自身のアルバムに反映させた節もみられる。
 なお、本作にはその「Praise God」を一部使用したプレイボーイ・カルティ風味の「Gorgeous」という曲や、カニエのヒット・チューン「Love Lockdown」(2008年)のビートを下敷きにした「Scars」もあったりする。「Love Lockdown」が収録されたアルバム『808s&ハートブレイク』からは、「Coldest Winter」を使用した「Issues」という曲もあり、どちらもボーカルをメインとしたR&Bスタイルを継承している。後者にはキッド・カディの面影も……。
 『808s&ハートブレイク』といえば、こちらもボーカルのみで構成させた同路線のフューチャー・ディスコ「16」もいい曲。ベイビー・キームの曲としては異例の起用だが、まさに“ハートブレイク”を歌った歌詞含めカニエの影響力は否めない。その影響はトラヴィス・スコット率いる<Cactus Jack>所属のドン・トリバーが参加した「Cocoa」にもあらわれていて、カニエがプロデュースしたリル・キムの「Came Back for You」(2005年)を踏むギャングスタ・ラップに仕上がっている。
 ネタ曲では、クリス・ブラウン&ドレイクの「No Guidance」(2018年)で使用された「Before I Die」で注目されたChe Ecruによる未発表曲使用の「Pink Panties」や、米メリーランド州出身のシンガー=サーペントウィズフィートの「Redemption」(2016年)をサンプリングした「Scapegoats」もいい。前者は卑猥さ満載のリリック&ネリーを彷彿させる00年代初期(風)のフロアライクなトラック、後者はルーツを歌ったピアノの旋律による綺麗な旋律がいい。
 その他、キレ味抜群のハイハットを備えたフューチャー・マナーに則ったトラップ「Trademark USA」、笑い声や喘ぎを絡めたハイトーンなラップが不気味な「South Africa」、ホーン・セクションとリズミカルに刻むラップがループするリリックもラテンノリの「Booman」、ボーカルとラップを交互に使い分ける落ち着いたトーンのアーバン・メロウ「Lost Souls」など、良曲満載。中でも、ラッパーとして得た富で費やす“最優先事項”を「祖母に家を買うこと」と答えた「First Order of Business」は本作のハイライトといえる出来栄え。テーマに直結した家族思いの一面はもちろん、重低音が打ち付波打つ男気あるトラックもすばらしい。
 カニエをはじめ影響を受けたラッパー、もちろんケンドリック・ラマーの存在も強く見受けられるベイビー・キームのデビュー作『The Melodic Blue』。成功を手にしたのもラマーのネームバリューあっての……という捉え方もできるが、16曲のクオリティはそれをなくしても高く、流行を取り入れたものから往年のヒップホップ・ファンも愛着のある音サウンドまで、様々な愉しみ方を提供してくれた。人間関係やメンタルヘルスを含むストーリーテリングも、昨今の若者らしくていい。
Text: 本家 一成

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