『イフ・アイ・キャント・ハヴ・ラヴ、アイ・ウォント・パワー』ホールジー(Album Review)

2021/08/31 18:07

『イフ・アイ・キャント・ハヴ・ラヴ、アイ・ウォント・パワー』ホールジー(Album Review)
『イフ・アイ・キャント・ハヴ・ラヴ、アイ・ウォント・パワー』ホールジー(Album Review)


 デビュー曲「ゴースト」(2014年)のリリースから7年という短いキャリアで、多くのヒットを輩出しシーンのトップに立ったホールジー。米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で2位を記録した1stアルバム『バッドランズ』(2015年)、ソング・チャート“Hot 100”で12週1位をマークしたザ・チェインスモーカーズの「クローサーfeat.ホールジー」、アルバム・チャートで初の1位を獲得した2nd『ホープレス・ファウンテン・キングダム』(2017年)、リード曲としては初のNo.1に輝いた「ウィズアウト・ミー」……と、チャートにおける功績もすばらしい。
 その「ウィズアウト・ミー」を収録した前作『マニック』(2020年)も最高位は2位どまりだったが、ロング・ヒットを記録してミリオン・ユニット(セールス / ストリーミング)を達成。本作のワールド・ツアーは新型コロナウイルス感染による影響で延期となったが、今年1月には脚本家アレフ・エイディンとの間に授かった第一子の妊娠を発表し、7月には無事出産という私生活での朗報を届けてくれた。名前はエイダー・リドリー・エイディンという。
 その発表から1か月、母になったばかりのタイミングで本作『イフ・アイ・キャント・ハヴ・ラヴ、アイ・ウォント・パワー』をリリースしたホールジー。出産後、育児を経てその想いを綴った曲(アルバム)をリリースするケースは多々見受けられるが、出産前~経過途中に制作し、感動や充実感といったポジティブな側面のみならず、ポップ・スターよりも母親になりたかったという思い、マタニティブルー、未だ払拭されない社会・家庭における男性優位など、ネガティブな思想もオープンにするあたりが彼女らしい。
 アルバムの発売前に語った「妊娠中のリアルな日常」もまたしかり。ヨガをして健康食品を食べて……と自慢気なセレブ・アプローチは一切なく、食生活もメンタルも酷いものだったと暴露している。現実はSNSで偽る(?)キラキラ感は皆無、そんなリアルを曲に込めてくれるあたりも好感がもてる。
 出産前に披露したカバー・アートは、金の玉座に座り子を抱く自身の未来像を描いたもので、イエス・キリストの母である聖母マリアに触発された画だという。アルバムのコンセプトも「妊娠と出産の喜び、そして恐怖」というもので、美しさの中にも毒々しさを纏う写真そのもの。産後の体型や社会の偏見を根絶し、誇りをもとうという意思の強さも伝わってくる。
 収録曲は全曲をホールジーが手掛け、ナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーとアッティカス・ロスがプロデュースを担当。その他、オープニングを飾る「ザ・トラディション」と6曲目の 「ユー・アスクド・フォー・ディス」には、過去2作でも活躍したグレッグ・カースティンが参加している。
 トレント・レズナーとアッティカス・ロスが制作の軸になっていることからも予想はつくが、サウンドはオルタナティブ、グランジ、パンク、インダストリアルなどのロックが主流。エレクトロ・ポップやR&Bをメインとしてきた前3作とはテイストが異なるが、オリヴィア・ロドリゴやジャスティン・ビーバー等ポップ・スターのヒットからも、いわゆるシューゲイザーの再ブームという視点からみれば“最先端の”サウンド・プロダクションといえる。
 陰欝なピアノのイントロからSF映画を彷彿させるドラマティックなサビへ展開する「ザ・トラディション」、不穏な空気に包まれる近未来的なサウンドの「ベルズ・イン・サンタフェ」で重々しく幕開けし、ファジーなベースラインとシャウトを効かせた感情的なボーカルによるメタル「イージアー・ザン・ライイング」、中期のレッチリを彷彿させる90's直結のオルタナティブ/ラップ・ロックの「リリス」、ドラムンベースを取り入れた「ガール・イズ・ア・ガン」と、感情の起伏というべく十色の楽曲陣が続く。
 後編も、ノスタルジックな旋律・演奏スタイルによる甘酸っぱいグランジ・ポップ「ユー・アスクド・フォー・ディス」、フリートウッド・マックのリンジー・バッキンガムによるギターをフィーチャーした母性溢れるフォーク・メロウ「ダーリン」、妊娠が発覚した日付けをタイトルに冠したエモーショナル・バラード「1121」、フー・ファイターズ(元ニルヴァーナ)のデイヴ・グロールによるドラムが跳ねるパンク・ロック「ハニー」、自身の体験談による精神疾患の苦悩を歌った「ウィスパーズ」と、バラエティに富んだ意欲作が続く。
 11曲目の「アイム・ノット・ア・ウーマン、アイム・ア・ゴッド」は、前月にプロモーションされたアルバムの核となる曲。母になる前に書いた曲だが、なった後の悟りすら感じられる歌詞が印象的で、白装束の女性のみで構成されたイノセントなMVもコンセプトそのもの……といえる芸術作品だった。シングル・カットしなかったのが惜しいほどの出来高。以下、宗教的な表現を用いて怒りや不吉さを吐き出すインダストリアル「ザ・ライトハウス」、アラビア語で「あなたは私を葬る」という意味をもつタイトルの、家族のかけがえのなさ(夫や子供なしでは生きられない想い)を歌ったアンビエントな「ヤーアブルニー」まで、一曲一曲目が離せない。
 アラニス・モリセットやナイン・インチ・ネイルズの90年代ルーツを感じさせる実験的なサウンド・プロダクション、妊婦としての感情をリアルに書いた歌詞、叙情的で淡々としたボーカル・ワークもすばらしく、タイトルやジャケット写真のゴージャスで強烈なインパクトがありながら、上品さも兼ね備えた野心的なアルバムとなった『イフ・アイ・キャント・ハヴ・ラヴ、アイ・ウォント・パワー』。系統は違うが、独特の暗さ・重さやゲスト不在という視点からも『バッドランズ』との類似点があり、商業的な成功に縛られずコンセプトに特化したことが確かなパワーアップに繋がった。
 昨年はテイラー・スウィフトがフォーク・カントリーに回帰し、ザ・ウィークエンドは味をしめてテクノ・ポップを連発している。前述のオリヴィア&ジャスティンもそうだが、もはやアーティストのジャンル区分する必要のない時代となった、本作からはそんな時代の変化、意図も読み取れたような気がする。ポップ・シンガーとしての実力は今さら何をといったところだが、セクシャリティの垣根を取っ払い、母になる前の自分となった後の両面を自由に表現できるホールジーの感性には思わず(ジャケ写を)仰ぎ見てしまうほど……。

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