『スリング』クレイロ(Album Review)

2021/07/26 18:10

『スリング』クレイロ(Album Review)
『スリング』クレイロ(Album Review)


 YouTubeに投稿した自主制作曲「Pretty Girl」(2017年)の“宅撮りビデオ”が注目されたことでデビューのキッカケを掴んだ、米マサチューセッツ州出身の女性シンガー・ソングライター=クレイロ。翌2018年には同曲を収録した初EP『ダイアリー001』をリリースし、「Bags」などのシングル・ヒットを受けて2019年にデビュー・アルバム『イミュニティ』を発表した。『イミュニティ』は、米ビルボード・ロック・アルバム・チャートで9位、オルタナティブ・アルバム・チャートでは4位を記録するなど商業的にも成功を収め、音楽誌からも高い評価を得ている。
 本作『スリング』は、そのデビュー作から約2年をかけて完成させた2作目のスタジオ・アルバム。前作はヴァンパイア・ウィークエンドの旧メンバー=ロスタム・バトマングリがプロデュースを担当したが、今作はテイラー・スウィフトやロード、ラナ・デル・レイなど、彼女と類似点のあるアーティスト等を手掛けてきたジャック・アントノフを共同プロデューサーに迎えている。
 たしかに前作『イミュニティ』は、キュートなポップ・ソングやドリーム・ポップなど、10代の女の子らしい華やかさがあったが、本作『スリング』はテイラー・スウィフトが昨年大ヒットさせた『フォークロア』や、今春にリリースしたラナ・デル・レイの最新作『ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ』に通ずるミニマルな演奏による落ち着いたトーンの作品で、ボーカルや歌詞にも2年間で得た成長や変化が伺える。
 アコースティック・ギターとクラヴィコードの音色が物悲しく胸に染みるオープニング曲「Bambi」は、葛藤や不安を払拭するようなニュアンスが読み取れる、(アーティストとしての)今の心境を歌ったであろう曲。前作もそうだったが、重いテーマのバラードを1曲目に配置することで作品に惹きつける効果を生み出す。2曲目の「Amoeba」でも「Bambi」の続編的なことを歌っているが、曲調はオルタナ・ロックを基としたアップに一転する。
 3曲目の「Partridge」は、誰かに向けてなのか自身に問いかけているのか、独特のニュアンスが故解釈の難しい曲で、その不安定さを微睡むボーカル・ワークと揺らぎ続けるサウンドでうまく表現している。続く「Zinnias」は、ジョニ・ミッチェルをそっくり真似たフォーク・ロック。終盤のエレキ&スティールギターによるプレイもすばらしく、ジャック・アントノフの良さが活かされた。
 前月にリリースされた先行シングル「Blouse」は、未だ完全には払拭されない男性優位・女性軽視について歌ったソフト&メロウ。実体験を基に書いたという歌詞は、情景が目に浮かぶほどリアリティがあり、触れたら壊れてしまいそうなほど繊細なボーカルからも傷の深さが伺える。同曲とアルバムの中で一番初めに完成したという「Reaper」には、前述のロードがバック・ボーカルとして参加していて、主張し過ぎずも曲の持ち味を引き出した。
 レゲエっぽい心地よさを滲ませる次曲「Wade」もそうだが、曲の穏やかさと歌詞の冷めた具合との対比が、クレイロの独特の魅力。サム・ベイカーが制作に参加した「Harbor」も、感情移入すると少々キツい歌詞を温かみのあるバロック・ポップ調のサウンドが緩和させているし、次の「Just for Today」も、メンタルヘルスに直結した本作中最も重たい内容を、アコースティック・ギターの弾き語りで優しく包み込んでくれる。アルバムの中盤は中だるみしやすいが、本作はこのあたりがハイライトというべく重要な曲揃い。
 次の「Joanie」は歌詞のないコーラスのみのインストゥルメンタルで、前曲までの重たい空気を入れ替え、ひと呼吸つくタイミングを与えてくれる。タイトルの“Joanie”とはカバー・アートにも映っている愛犬の名前だそうで、アルバムの制作においてインスピレーションとなる重要な役割を果たしてくれたのだそう。優雅なハーモニーのイントロから60'sロック風のバンド・サウンドに切り替わり、浄化作用のある夢見心地なアウトロへ……というユニークな構成も自由度が高く、直感のイメージだけで作った感じがいい。
 エンディングは、層状のハーモニーが賛美歌のような雰囲気を醸す「Little Changes」~バイオリンの演奏をフィーチャーした前編・後編の2部構成によるクラシカル・ポップ「Management」で幕を閉じる。前者では自身が悩まされてきた心の病を明るみにし、後者ではそんな自分を冷静に分析しつつ、前向きとは言えないが今のクレイロらしく締めくくった。
 本作の完成までには世界を揺るがせた新型コロナウイルス感染によるパンデミックがあり、自粛期間中の思い云々も含まれているとは思われるが、主には自身の抱えている問題、アーティストとしての苦悩、過去のトラウマ等を明るみにした内容となっている。デビュー当時~前作の作風から大きなイメージチェンジを図ったが、それが吉と出たか彼女の個性が十二分に発揮された大傑作に。近年登場した若手女性シンガー・ソングライターの中で、媚びることなく自分の音楽をきちんと表現できるクレイロ。本作で、よりすばらしいアーティストに進化した。

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