『バック・オブ・マイ・マインド』H.E.R.(Album Review)
『バック・オブ・マイ・マインド』H.E.R.(Album Review)

 SZAやエラ・メイなど、ここ数年の間に登場した女性R&Bシンガーの中でとりわけ高く評価されているH.E.R.(ハー)。見るからに「歌えそうなシンガー」感を醸しているが、その実力も折り紙付きで、米ローリング・ストーン誌をはじめとした各音楽誌~評論家、大物アーティスト等も絶賛している。

 功績においては、2017年10月にリリースした『H.E.R.』が米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で23位、R&Bチャートではいきなり1位を獲得し、RIAAのプラチナにも認定された。本作は、2019年に開催された【61回グラミー賞】で<最優秀R&Bアルバム賞>と<最優秀R&Bパフォーマンス賞>の2部門を受賞している。

 【グラミー】を経て同19年8月にリリースした『アイ・ユーズド・トゥ・ノウ・ハー』も、R&Bチャートで7位に2作連続のTOP10入りを果たし、翌2020年に開催された【第62回グラミー賞】では計5部門にノミネートされた。アーティストからのオファーも多く、前述のエラ・メイやジェネイ・アイコ、ジャズミン・サリヴァンといった同系の女性シンガーから、DJキャレドやエド・シーラン等、ジャンルをクロスオーバーした作品にもゲストとして参加している。

 今年2021年は、2月に米フロリダ州で開催された【第55回NFLスーパーボウル】の冒頭で「アメリカ・ザ・ビューティフル」をパフォーマンスし、翌3月には【第63回グラミー賞】で<年間最優秀楽曲賞>と<最優秀R&Bソング賞>を受賞。4月に開催された【第93回アカデミー賞】では映画『ジューダス・アンド・ザ・ブラック・メサイア』のサウンドトラックに収録された「ファイト・フォー・ユー」が<歌曲賞>を受賞し、立て続けに話題をさらった。

 本作『バック・オブ・マイ・マインド』は、まさに脂の乗り切った絶好のタイミングでリリースされるH.E.R.のデビュー・アルバム。なお、前述の『H.E.R.』と『アイ・ユーズド・トゥ・ノウ・ハー』はコンピレーション・アルバムとしてのリリースであり、本作が実質上のデビュー・スタジオ・アルバムとなる。全曲のソングライティングを自らが手掛け、トータル・プロデュースは過去のEP~コンピレーションを担当してきたDJキャンパーが担当した。

 アルバムは、ずっしりしたドラム・ラインにファルセットが宙を舞う5分超えの大作「ウィー・メイド・イット」でゴージャスに幕開けする。後半のギター・ソロは、故プリンスを彷彿させる素晴らしいクオリティ。この曲から、H.E.R.(低)/タイ・ダラー・サイン(高)によるエコーを効かせたハーモニーが調和されたミディアム「バック・オブ・マイ・マインド」~米メリーランド州のラッパー=コーデーをフィーチャーした、メアリー・J. ブライジを彷彿させる90年代ヒップホップ・ソウル「トラウマ」へと続く。

 4曲目の「ダメージ」は、米LAのジャズ/トランペット奏者のハーブ・アルパートによる「メイキング・ラヴ・イン・ザ・レイン」(1987年)を起用した都会の夜が脳裏に浮かぶアーバンR&B。洗練されたホーンとピアノの演奏、そして脱力したH.E.R.のマイルドなボーカル効果で、当時のクワイエット・ストーム(アニタ・ベイカーやシャーデー)的仕上がりに。このジャジーな雰囲気から一転、ゲストのリル・ベイビーにトーンを合わせたトラップ・ソウル「ファインド・ア・ウェイ」へ移行。リル・ベイビーの高速ラップに乗じ、H.E.R.もラップを絡めたボーカル・ワークを披露する。

 次曲「ブラッディ・ウォーターズ」で、H.E.R.は歴史的な人種差別問題に手を挙げ抗議した。黒人としてのプライドを胸に、サウンドも生音の質感を活かしたサイケデリック・ソウル~アフリカン・ミュージックで統一。米LAを代表する天才ベーシスト=サンダーキャットによる弦のベースがずっしり響く、本作の目玉ともいえるナンバーだ。西海岸のソウル・シンガー=ゴアペレの「クローサー」(2001年)を使用した次の「クローサー・トゥ・ミー」も、ベースラインを際立たせたブラック・ミュージックの真骨頂ともいえる曲。シンプルなトラックに、彼女の硬軟自由なボーカルが彩りを与える。

 8曲目の「カム・スルー」は前々月にリリースした先行シングルで、彼女の世代にとってはR&B界の大先輩にあたるクリス・ブラウンとの共演曲。H.E.R.は、2018年にクリス・ブラウンのツアーに同行しオープニング・アクトを務めたこともある。同曲は、ケンドリック・ラマーやビヨンセなどを手掛けるヒットメイカー=マイク・ウィル・メイド・イットによるプロデュースで、地味ながらR&Bの本質を感じられるオリエンタルな雰囲気の意欲作に仕上がった。両者が絡み合うミュージック・ビデオでは、リアーナかと錯覚するシーンもチラホラ……。

 アカペラに近いスタイルの 「マイ・オウン」~H.E.R.の個性とガッチリ噛み合った誠実なブラック・ミュージック「ラッキー」、そしてローリン・ヒルをそっくり真似た90'sマナーに則ったネオソウル「チート・コード」~アコースティック・ギターによるナチュラルで優しい空気感の「ミーン・イット」……と、密度の濃い良質なソウル・ミュージックが次々と展開される。

 ヤング・ブルーをフィーチャーした「パラダイス」、ドリーミーなダウンテンポのR&B「プロセス」、ディアンジェロをお手本にしたようなうねりの3連ブルース「ホールド・オン」、切なさを漂わせた情感あるボーカルとブルージーなギター・プレイが光る「ドント」、終盤にトーク・ボックスを起用したロドニー・ジャーキンスによるプロデュース曲「エグゾウステッド」、ライブでの生演奏が期待される弾き語りスタイルのアコースティック・バラード「ハード・トゥ・ラヴ」~ オルガンとギターのストローク奏法をバックに従えた「フォー・エニワン」。後編も、H.E.R.の才能が十二分に発揮された誠実で聴きごたえのある逸品揃いだ。

 「アイ・キャン・ハヴ・イット・オール」に参加したDJキャレドとブライソン・ティラーといえば、リアーナがメインを務めた「ワイルド・ソーツ」(2017年)の大ヒットがあるが、全体像は違えどエキゾチックな雰囲気などこの曲との類似点がある。そして最後はYGをフィーチャーした2019年のシングル「スライド」で締め括り終了。80分弱を要してゆっくりと展開するが、不思議とマンネリ感はなく、人権問題や政治・社会的メッセージもH.E.R.の諭すようなボーカル効果でより深く伝わってくる。デビュー作にして、自身のアーティスト・ネーム「Having Everything Revealed」=全て曝け出すというコンセプトを達成した充実感だ。

 アルバムのリリース1週間後に24歳のバースデーを迎えるH.E.R.。同週に発表されるアルバム・チャート“Billboard 200”で初のNo.1を獲得できれば、これほど最高のギフトはないだろう。

Text: 本家 一成