『ベター・ミステイクス』ビービー・レクサ(Album Review)
『ベター・ミステイクス』ビービー・レクサ(Album Review)

 ニッキー・ミナージュ&アフロジャックと共に参加したデヴィッド・ゲッタの「Hey Mama」、自身のタイトルとしては初の全米TOP10入りを果たしたGイージーとのコラボレーション「Me, Myself & I」の2曲がヒットしたのが、6年前の2015年。カントリー・デュオ=フロリダ・ジョージア・ラインとのモンスター・ヒット「Meant to Be」含むデビュー・アルバム『エクスペクテーションズ』のリリースからは早3年が経つ。

 今年の夏で32歳になるビービー・レクサ。そもそもそういうキャラクターではないが、ビジュアルを全面にヒットを狙うポップ・シンガーからは脱却……というか、年相応に自分らしいスタイルを貫いているようには感じる。先日公表したセクシュアル・フルイディティについてもしかり。

 前月にリリースした本作からの先行シングル「Sabotage」では、「自分に正直である時の最大の敵は自分」というメッセージが込められている。誰かのせいと非難(ディス)する曲は数多くあるが、悪い状況に至ったことを自業自得と認めるパターンは珍しい。特に女性アーティストの曲では。そのあたりもビービー・レクサらしく、彼女の強みであるパワフルなボーカルも感傷的な歌詞とエモ・バラードに相まった。プロデュースはグレッグ・カースティン。

 パワフルなボーカルといえば、ブリンク182のトラヴィス・バーカーによるドラムも力強いオープニング・ナンバー「Break My Heart Myself」も“らしい”一曲。タイトルそのまま、メンタルヘルスで壊れた心を彼女らしく強気の姿勢で、妖艶なメロディに乗せて歌っている。制作に参加したのは、ヒップホップからカントリーまで数あるヒットを手掛けてきたマイク・エリゾンドとジャスティン・トランター。00年代初頭のティーン・ポップっぽい雰囲気もある。

 「成長するためには過ちも必要なことだった」と前向きに捉える「Better Mistakes」も、当時のブリトニー・スピアーズを彷彿させるダンス・ポップ。ソングライターには英マンチェスターのオルタナ・バンド=デルフィックのリチャード・ボードマンが参加している。信頼したいが裏切られる怖さや不信を歌った前曲「Trust Fall」は、故ジュース・ワールドの「Lucid Dreams」のプロデューサーであるニック・ミラが手掛けたナンバーで、サウンドも歌詞もその「Lucid Dreams」と同色のトラップ~エモ・ラップに仕上った。

 1stシングルの「Baby, I'm Jealous」は、昨年「Say So」でブレイクした直後のフィーメール・ラッパー=ドージャ・キャットとのコラボレーション。ビジュアルを全面には……と前述したものの、この曲では良い意味で両者のビジュアルが活かされている。歯切れの良いカッティング・ギター、跳ねるジャム、キャッチ―な旋律、アクの強いドージャのラップいずれも完璧な構成で、カラフル&ゴージャスなミュージック・ビデオも期待通りの傑作。ニュー・ディスコっぽいテイストも今っぽい。

 ニュー・ディスコといえば、痛みも受け入れると情熱的な想いを歌った2ndシングルの「Sacrifice」もその路線。制作の軸となったのは、No.1に輝いたレディー・ガガとアリアナ・グランデの「Rain on Me」をプロデュースしたBURNSで、昨年のヒット曲でいえばその「Rain on Me」よりデュア・リパの「Don’t Start Now」に近い。インタールードで披露するビービーの高速ラップも見事。

 次曲「My Dear Love」は、2018年に「Falling」のヒットでブレイクした米テキサス出身のシンガーソングライター=トレバー・ダニエルと、ラッパーのタイ・ダラー・サインによるトリプル・コラボ。昨今ブームを起こしているオルタナ・ロックとヒップホップを掛け合わせた地味ながら中毒性の高いトラックで、3者の個性もそれぞれのパートで発揮されている。

 トリプル・コラボでは、ビービーがその才能に惚れ込んだという米フィラデルフィア出身のシンガー・ソングライター=ピンク・スウェッツと、プエルトリコのレゲトン・シンガー=ルナイによる「On the Go」という多忙によるすれ違いを歌った曲もある。カリビアンな雰囲気漂わす程よい心地よさのミディアムで、これから迎える夏の夕暮れにも最適。アコースティック・ギターの演奏を基とした哀愁メロウ「Empty」もそのシチュエーションに良く合うが、「心が空っぽ」だという(当時の)精神状態は不安を煽る。

 ゲストが参加した曲では、昨年春にリリースしたアルバム『エターナル・アテイク』の延長にある「Die For A Man」にリル・ウージー・ヴァートが、ディーン・マーティンのクラシック・ナンバー「That's Amore」(1953年)を使用した6/8拍子のレトロ&メランコリック「Amore」にはリック・ロスがそれぞれフィーチャーされた。前者では「誰かのために自分を偽ったり犠牲にはしない」と強気の姿勢をみせ、10曲目の「Death Row」では「死刑囚」という立場に例えた想いを歌っていたりと、なかなか狂気に満ちた恋愛観(?)が伺える。「Amore」をプロデュースしたのは、Gイージーとホールジーの「Him & I」や、ブルーノ・マーズの初期のヒット「Moonshine」をリミックスしたザ・フューチャリスティックス。

 アルバムの最後を締めくくるのは、タイトルそのまま母に向けたメッセージ・ソング「Mama」。クイーンの「Bohemian Rhapsody」(1975年)をサンプリングした意欲作で、弦の音が響く壮大なオーケストラとフレディ・マーキュリーにも匹敵するパワー・ヴォイスで、素晴らしいエンディングを演出している。

 感情の起伏は激しいが、『ベター・ミステイクス』というタイトルからもそれらをポジティブに捉えた曲が多く、古くはナンシー・シナトラからローリン・ヒル、ザ・ノトーリアスのビギー、パラモアまで、ジャンルに捉われず愛聴してきた音楽の影響もバラエティ豊かなサウンドに反映されていて、トータル・バランスは抜群。キャリアを重ねたビービー・レクサの魅力も存分に発揮できたと思う。

Text: 本家 一成