『TYRON』スロウタイ(Album Review) 〈Billboard JAPAN〉|AERA dot. (アエラドット)

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『TYRON』スロウタイ(Album Review)

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『TYRON』スロウタイ(Album Review)

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 1994年生まれ、英ノーサンプトン出身。本名はタイロン・フランプトンといい、スロウタイ=Slowthaiは幼少期に喋るのが遅いという理由でつけられたニックネームだそう。母子家庭で育った家庭環境や発達障害に悩まされるなど、生い立ちは複雑だったことが伺える。

 学生時代に独学で曲作りとラップのスキルを磨き、2016年にデビュー曲「Jiggle」を自主制作で発表。翌2017年にはEP『slowitdownn』と『I Wish I Knew』を、2018年には『Runt』をそれぞれリリースし、2019年5月にデビュー・アルバム『Nothing Great About Britain』を送り出した。制作過程において困難を極めたこともあったと思われるが、アーティストとしてのキャリアは順風満帆といえる。

 『Nothing Great About Britain』は、処女作ながらUKアルバム・チャートで9位にTOP10入りし、英ロンドンの中堅ラッパー=スケプタとのコラボレーション「Inglorious」もスマッシュ・ヒットを記録。母国をタイトルでディスるインパクト、イギリスの悪い本質を綴ったリリックは反響を呼び、大衆的には支持されずも一部のコアなファンを獲得した。業界からの評価も高く、いずれも暴走騒ぎを起こした【NMEアワーズ】や【マーキュリー賞】にもノミネートされている。

 本作『TYRON』は、その衝撃的なデビュー作に続く2枚目のスタジオ・アルバム。自身の名前を冠しただけはあり、個人の問題を取り上げた曲が多い。

 たとえばエイサップ・ロッキーをゲストに招いた先行シングルの「MAZZA」は、自身のメンタルヘルスやADHD(注意欠如・多動症)、ドラッグなどの問題について歌われている。また、そのままタイトルにした最終トラック「ADHD」では、症状について理解してもらえないもどかしさや苦しみが綴られた。「MAZZA」のミュージック・ビデオでも、加工アプリで顔を変化させたり部屋で暴れまわるなど、不安定な心境が表現されている。なお、エイサップ・ロッキーは48秒のほぼインタールードに近い「WOT」でも、ソングライターとして参加した。

 個人の問題といえば、スケプタとの再タッグ曲「CANCELLED」では、The 1975のマシュー・ヒーリーにあてた「ENEMY」(アルバム未収録)に続き、前述の【NMEアワーズ】騒動に関連した内容が歌われている。成功者に対する周囲からの批判や「神」発言含め、「DEAD」にはマシューへのあてつけと取れなくもないフレーズも……?前者は両者の高低差あるラップが、後者はずっしりとした重めのトラックがいい。

 攻撃性のある曲が多いスロウタイだが、カイ・カンポスとドミニク・メイカーによる英ロンドンのエレクトロ・デュオ=マウント・キンビーと、ジェイムス・ブレイクによるコラボレーション「feel away」では、亡き弟についての愛と追悼が歌われている。歌詞に直結した優しいメロウ・チューンで、浮遊感あるジェイムス・ブレイクとのコーラスが涙を誘う。スロウでは、ネガティブな思想も受け入れる姿勢を示した「PLAY WITH FIRE」や、米LAの女性シンガー・ソングライター=デブ・ネヴァーが美しいボーカルを披露する「push」もいい曲。

 ジェイムス・ブレイクとドミニク・メイカーは、昨年「Magic」で共演したケニー・ビーツも加わった「focus」にもソングライターとして参加。リズムが所々で突如変化する不思議な曲で、どこか90年代テイストに近い感じがした。2曲目の「45 SMOKE」では、ノイズ・ミュージック向こうで叩きつけるようにラップする前半と、テンポダウンする後半の2部構成に、こちらも斬新なトラックが印象的。

 ドミニク・ファイク(フロリダ)とデンゼル・カリー(マイアミ)の米国ラッパー2人が参加した「terms」ではアーティストの名声を皮肉り、終盤の不気味なリフレインが耳に残る「VEX」では昨今のSNSにおける表現・投稿についての問題を取り上げ、トレイ・グルーバーの同名曲をサンプリングした「I Tried」では、這い上がってく様をサッカーリーグに例える……など、いずれもスロウタイらしいリリックが曲の持ち味を引き立てる。

 トラップやグライム、オルタナティヴ・ロックの要素もあるクールなトラックも無論いいが、微妙にズレ感のあるラップと、何より核心についた歌詞がスロウタイの個性であり、最大の魅力。ヒップホップの原点ともいえる社会情勢における問題意識や、批評にも怯まず手を挙げる強さ、中身の薄いヒット曲に頼らない姿勢など、様々な観点において非常に有意義な作品だと感じた。レコード盤を意識し2面構成もグっとくる。

Text: 本家 一成


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