<ライブレポート>山下洋輔/スガダイロー/桑原あい/奥田弦、世代を超えたピアニストによる競演
<ライブレポート>山下洋輔/スガダイロー/桑原あい/奥田弦、世代を超えたピアニストによる競演

 2020年11月15日に、【かわさきジャズ2020】のフィナーレとして、【ジャズピアノBattleジャム】がミューザ川崎シンフォニーホールにて開催。当日のレポートが到着した。

 山下洋輔、スガダイロー、桑原あい、奥田弦。70代から10代まで、世代もスタイルもそれぞれ違う、しかし全員が「ジャズの範囲を拡張する」指向を持つピアニストが集まる、今までにない趣向のコンサートだ。

 第1部は桑原あいと奥田弦のデュオ。ステージ中央に互い違いに置かれたグランドピアノの、右側のピアノにまず奥田弦が座り、ダイナミックなソロを弾き始めた。

 弦のソロの途中で桑原あいが静かに現れて、左側のピアノでソロを引き継ぐ。あいのソロから「マイ・フェバリット・シングス」でデュオが始まった。テーマのメロディを弦が弾き、そのままアドリブ・ソロへと。メロディックでエモーショナルな弦を承けてのあいのソロは、最初は静かに、そして徐々に高揚してゆく。途中で弦が1人になり、再びあいが加わって演奏はクライマックスへ。2人ともすさまじいテクニックとエモーションだ。

 桑原あいが「お姉さん」ぶりを発揮する楽しいMCの後は、奥田弦のオリジナル「ゲット・オーヴァー」。速いテンポでの複雑なテーマを2人がユニゾンで見事に弾ききり、アドリブ・ソロは弦が受け持った。そして弦が小学生のときから大好きだったという、バド・パウエルの名曲「ウン・ポコ・ロコ」に突入。パウエルのオリジナル演奏は、ラテン・リズムに乗せた激しいものだが、ここでの二人の解釈は、フォルテとピアノを効果的に使って音量の幅を広げ、ラテン・リズムからスウィング的なビートに変化する、という実にユニークなもの。「ウン・ポコ・ロコ」という曲の可能性を広げたすばらしいパフォーマンスだった。

 2人が好きなピアニストを挙げる、というMCの後(ちなみに、あいはアート・テイタム、リチャード・ティー、ミシェル・ペトルチアーニ、弦はテイタム、ビル・エヴァンス、オイゲン・キケロ、ホレス・シルヴァー)、ゲストが登場した。キューバ出身のトランペッター、ルイス・バジェだ。バジェをフィーチュアしたミシェル・カミロの「カリベ」は、バジェの明るいステージ・パフォーマンスと強烈なハイノートがとにかく圧巻。あいと弦が2台のピアノで叩き出すラテン・ビートのグルーヴも実に気持ちいい。

 休憩の後の第2部は、山下洋輔とスガダイローのデュオだ。右のピアノにダイロー、左のピアノに洋輔が位置し、始まった曲はなんとシャンソンの「枯葉」だ。ジャズ・ミュージシャンも頻繁に演奏する、いわば「定番中の定番」曲なのだが、ここでの「枯葉」は、今までどこでも聴いたことがない「不穏さ」が漂うハードボイルドなものだった。いや、たしかにセーヌ川に枯葉は舞っているのだが、不協和音や低音部の拳打ちが随所に登場すると、僕は「フランス革命」「パリ・コミューン」「ナチスからのパリ解放」「1968年のカルチェ・ラタン」などといった非常時のパリを思い浮かべてしまう。

 続いては山下洋輔が「山下洋輔トリオ」時代に作曲した「キアズマ」だ。これもまた実に不穏な雰囲気のテーマを持つ曲で、2人がユニゾンでテーマを弾き、ダイローのソロ、テーマ、洋輔のソロ、テーマ、二人の壮絶な掛け合い、テーマ、エンディングという展開になった。

 スガダイローは山下洋輔の愛弟子と言っていいピアニストだが、今回痛感したのは、二人のピアニストとしての個性はかなり異なっている、ということ。ダイローの演奏はアルペジオ的な動きも多く、一言で言えば「華麗」な、きらきらとした局面が目立つ。それに対して洋輔の演奏はよりマッシヴというか、大きな岩がピアノにぶつかるような感じなのだ。2人が別々に演奏しているときには分からないこの違いを発見できたのも、今回の大きな収穫だった。

 さて、ここでゲストの平野公崇が登場。クラシック・サックスの平野を迎えて、最初の曲は何も決めていない完全即興だった。柔らかな音色の平野のアルト・サックスは、ジャズ・プレーヤーでいえばポール・デスモンドっぽいトーン。平野が吹くペンタトニック(5音音階)を中心としたモード・ジャズ的なフレーズに二人が伴奏を付け、徐々に演奏は「フリー・ジャズ化」していき、遂には平野がおそろしく高い音で咆哮する、という完全フリー・ジャズ状態に! 終わったあと、この演奏は「即興曲1番〈ミューザ〉」と命名された。

 平野がソプラノとテナーに持ち替えて、次は山下洋輔が以前からレパートリーにしているラヴェルの「ボレロ」だ。まずはピアノ2台でスタート、テーマはダイロー-が演奏する。続いて平野がテーマをソプラノとテナーで美しく吹き、テーマの繰り返しがだんだん乱れてフリー・ジャズに突入。原曲の格調高さを維持しつつ、完成度の高い「フリー・ジャズ」でもある、という希有なパフォーマンスだった。

 盛大な拍手に答えてのアンコール、2台のピアノに2人ずつ座って、セロニアス・モンクの「ウェル・ユー・ニードント」が始まる。右側のピアノの高音部はあい、低音部がダイロー、左のピアノは高音部が洋輔、低音部が弦。各自が音域の特徴を活かした演奏をたっぷりと聴かせる楽しいアンコールだ。そしてなんと、アンコールの2曲目は、バジェと平野も加わって6人で。ピアニストのフォーメーションも変わり、今度は右の高音部が弦、低音部があい、左の高音部ダイロー、低音部洋輔となった。曲は弦が編曲した、キング・クリムゾンの「21世紀のスキズォイドマン」! ピアノ連弾2組にトランペットとテナー・サックスでこの曲が演奏されるのは前代未聞ではないか? 会場に来た人しか聴けなかったこの演奏がどんなだったか、みなさんどうぞ想像してみてください。

 コロナ禍がなかなか収束しない中、細心の注意を払ってコンサートを実現させたスタッフのみなさんに感謝を。そして音楽を「生」で聴くことがいかにすばらしい体験か、ということを改めて教えてくれた6人のミュージシャンに、最大の敬意と感謝を。客席で「ブラボー」と書いた大きな紙を掲げたお客様がいらっしゃったけど、僕も心の中で何度も何度も「ブラボー!」と叫んでおりました。文:村井康司 写真:青柳聡

◎公演情報
【ジャズピアノBattleジャム】
2020年11月15日(日)
ミューザ川崎シンフォニーホール
出演:山下洋輔、スガダイロー、桑原あい、奥田弦
ゲスト:平野公崇(サックス)、ルイス・バジェ(トランペット)